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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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こじんまりとした佇まい橿原市小綱(しょうこ)町に『入鹿神社』はあります。
御祭神は素戔鳴尊(すさのをのみこと)と蘇我入鹿(そがのいるか)公です。

小綱町の隣には曽我(そが)町があり、式内社の『宗我坐宗我都比古神社(そがにますそがつひこじんじゃ)』があり、曽我川が流れています。
この川は上代、葛城郡(かづらきのこほり)と磯城郡(しきのこほり)を分ける境界線でもあったようです。
これらの地名でも分かるよう、橿原市のこの辺りはかつては蘇我氏の本拠だった訳です。
静岡市や浜松市で徳川家康を、鎌倉市で源頼朝を悪く言わないよう、橿原市でも蘇我入鹿を悪く言わない……なんて事は、私の見聞きする限りはありませんσ(^◇^;)
それでも明治時代に神社の名前を『小綱神社』にしろだの、祭神をスサノヲ尊にしろだのとクレームをつけられた時、氏子の方々は拒否したのだそうですから地元では大切にされている事は確かです。

屋根の上に龍がいます。それはさて置き、ここは蘇我入鹿の邸宅のあった場所だとも云われているそうです。
という事は、こっちが本宅で、甘樫丘の麓の方は別宅なのね……逆だと明日香村では言うかもしれないけど(~_~;)

市教の立てた看板によりますと、この神社は今は無い普賢寺の東南部にあった鎮守社(ちんじゅのやしろ)だったと伝えられたとの事です。
本殿の説明はあるのですが、このステキな拝殿の説明はありません。
建築に関してはド素人も良いところなので具体的には分かりませんが、幕末くらいの物でしょうか、なかなか重厚な雰囲気を醸しています。
前に鎮座している狛犬さんも幕末の子達です。
こちらの紹介はまたカテゴリーを改めて(^^ゞ

美しい本殿です。え~と、どうして御社が後ろ向きなの?
前からも横からも、拝殿や樹木が陰になってよく見えないからなんですねσ(^◇^;)
説明によりますと、
「本殿は一間社春日造で、身舎は丸柱、柱上に三斗を組み背面を除く頭貫桁間に中世風の面影を残す蟇股を置く。屋根は桧皮葺で、棟は箱棟に千木、かつお木を取り付けた江戸初期くらいの建物である。」
(゜.゜)、建築用語が中途半端にしか分からない^_^;

ともあれ、昭和六十一年に解体修理が行われたので綺麗なのでしょう。
それ以前の昭和五十五年三月十七日に市の指定文化財に指定されています。
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