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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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物に付く値段なら、比較的分かり易い。
行為に付く値段が時々分からなくなる。
病院で治療を受けるとか、美容院で髪を切るとかならば、何となく基準もある。
プロフェッショナルの行為、スポーツ、芸術、音楽、エンターテイメントなど、その辺りもまだ相場的なラインがあるのだろう。

少し前、繁華街でストリートパフォーマンスをしている女性を見ていた。
彼女は10代の頃から、これで生計を立てているのでと、俗に言う木戸銭を最後に求める。
かなりの人が金額に差はあれど、彼女が置いた帽子の中にお金を入れる。
その背後で、張り付くように最前列でスマホを向けていた人が、さっさと立ち去る。
それに気付きながらも彼女は、私が帽子に入れた少しのお金に満面の笑みで礼を言う。

また別の時、有料の講演会や研究会などに行く。
資料代や出演者への報酬として、それ程高くない金額を収める。
これが新聞社などの大きなスポンサーがついていれば、無料である場合も多い。
この有料と無料で、かなり人の集まり方が違う事もある。
講演者によっては、有料でもかなり人が集まる場合も多い。

ごく時たま、内容の知れない行為に対価を払う事がある。
支払った後、提供された内容に不満を感じる。
しかし、支払っただけの価値はあると満足する人もいる。
まあ、受け取る側の資質や心理に差があるのだから、当然と言えばそれまでだが。

不満を覚えたのなら、こういう事に金を出すな。
よく言う、安くない授業料という事か……?

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さっき、ツイッターでグチグチ書いていたけれど、あれは長文に向かない。
たまにはこっちに書いてみよう。

つい最近の経験。
とあるところで、知人相手に話を始めた。
場所としては、不特定多数がいるようなところ。
すぐそばに、私は知らないけれど、知人は知っている第三の人がいる。
私が話し始めて幾らもしないところで、第三の人が寄って来る。
私の話し相手(知人)は、突然、その第三の人に話を振る。
今している話とは、全く違う話題。
そして、割って入った第三の人がそれを受けて、全く違う話を始める。
こちらとしては社交辞令で話を合わせる。
すると第三の人は、勝手に場を仕切って独演会を始める。

一段落したので、私は知人に話の続きをし始める。
すると知人は、またも早々に話の腰を折る。
そして、第三の人も交えて、またも別の話を始める。

私としては馬鹿馬鹿しいと思い、最初の話をする気はすっかり失せた。
知人と第三の人は、恐らく同じタイプだろう。
人と話をするのは嫌いではない、むしろ好きだ。
ただし、しゃべるのは自分であって、相手の話を聞く気はない。
こいつは人の話を聞けるタイプらしいと知れば、主役は私だと言わんばかりに話す。

別の言い方をすると、私はアンタには興味がない。
しかし、アンタは私に興味を持つのが正しい……あくまでも無意識の態度だろうけれど。
これも共通の話題として、ついて行ければ聞く気にもなれる。
そして、相手のキャラも容認できる範囲ならば我慢も出来る。

先日に話をしていた人が、私の知人を偉そうで好きになれない旨を言っていた。
この人にとっては、話題にも興味ない、キャラクターも好きになれなかったんだな。
私は今回の第三の人に同じことを思った。
そして更に思ったのは、知人と話を重ねても、今の私には大して得る物はないのかも知れない。
恐らく、話を重ねるごとに不快感を覚えるだろう。
気付かなくても良かった、相手の無意識の優越感(もっと砕けた言い方をすると、上から目線)が鼻に着いてしまった訳だ。

以前より、知人の取り巻き達に嫌悪を覚えていた。
第三の人も取り巻きの一人だろう。
少し冷却期間を置かないと、知人まで同じ目で見る事になるだろうな。
今までの経験から、これで縁が切れてしまえば、その人は私に必要ではない人という事だ。
もしもためになる人ならば、縁は続いて行くものなのだろう。
8月8日15時、テレビの画面を眺めていた。
 天皇陛下は自らの御歳や御体の事に触れ、象徴としての御役目を果たされる事が困難になりつつあると、御気持ちを言葉にされる。
 昭和天皇の御闘病から崩御、そして御自身の即位への過程を身をもって存じ上げておられる。不遜乍ら、昭和から平成を過ごした我々の世代も、そう古い事でもなく、色々と憶えている。だからこそ、言葉の端々が時に頭のどこかで共鳴する。
 そして最後に

 「国民の理解を得られる事を切に願っています」

 そのように結ばれた時、心なしか息が苦しくなるような思いで目頭が熱くなる。何か身につまされるように感じる理由は分からない。

 20時、NHKスペシャルを見ていた。
 雲仙普賢岳の火砕流が起きた年、体育館に避難する人々の前に、ノーネクタイでワイシャツを腕まくりという姿で御出でになった映像が流れる。
 あの様子を報道した時、ニュースキャスターは妙に嬉しそうに、天皇陛下のこの様な御姿に親近感が湧くと言っていた。
 その後も、様々な場所を皇后様と二人で訪問される姿が続く。精力的に動かれ、笑みを絶やさずに気軽に御言葉をかける。しかし、寄る年波に体調を崩される事もある。そうして、自らの処し方に思いをはせられるようになる。象徴としての天皇の存在を途絶えさせてはいけない。考えてみれば、皇太子様は天皇陛下の即位された年を越してしまわれたのか。
「お気持ちに沿うようにしてさしあげたい」と皇后様も言われる。

 最後の言葉に息が詰まる思いがしたのは、これなのかなと、何やら理解した様な気がする。





 あの日は雨だったなと思い出す。テレビカメラは、八瀬童子らが担ぐ柩を正面から捉えていたように覚えている。野辺送りの歌は、古事記の倭健命の葬送で歌われたものだったか。昭和の終わった日、テレビはどこの局も同じ『大喪の礼』の映像を流していた。

 昭和64年、天皇崩御の報にインタビュアーが、街ゆく人にマイクを向ける。
「歴史上、希に見る平和な時代を過ごした天皇だと思いますよ」したり顔で二十代の若者が言う。
 こいつ変だ、何でこんな馬鹿代表の答えなんか全国放送する?そう思っていた矢先、
「あの戦争の時は、本当にお辛い立場だったでしょうねえ。その後、ようやくに平和な時代も訪れて、陛下もお変りになられました。でも、御苦労なされた御生涯だったと思います」戦争の時代を知っている世代の女性が涙ぐむ。
 なかなかに意地の悪い構成のニュースだと苦笑が漏れる。

 御即位の儀の報道はあまり覚えていない。
『平成』って変な年号だね、平らに成れって読める。そう言って笑うコメンテーターがいた。
 その頃に生まれた子供たちは、今や頼もしい若者になっている。そんな人たちに昨日も何人か会って話をしていた。まさにポケモン世代だという事。
 私くらいの世代なら、万聖節前夜(ハロウィーン)という言葉を知ったのは、欧米のドラマや映画、翻訳文学を通じてだろうか。そこに描かれる祭りの舞台は夜だった。仮装して家々を巡る子供たちを魔女や魔物、地獄すらからも追い出された亡者などが、どこかで覗き見ている。そのような、そこはかとない気味の悪さを伴っていたように記憶している。
 一方、若い世代の人に聞くと、ハロウィーンというお祭りは、ディズニーランドやUSJなどのイベントで知るようになったという。大昔から日本人は舶来文化に弱い。だから名前もハロウィーンと横文字で呼ぶ。華やかで活気に満ちた楽しいパレードが行われる。この辺り、実際に見た訳ではないから分からない。
 少なくとも言える事は、私などが英米文学などから得た印象とは、かなり趣の違う様相を呈している。そして仕掛け人がテーマパークのような一大商業施設で、ファミリー向けの企画なのだから、宗教色など微塵も無い方が良い。必要なのはエンターテイメントだ、大人も子供も夢の世界で非日常を楽しんで欲しい。
 このイベントは成功したのだろう。だからほんの数年の内にテーマパークを飛び出して、街中にあふれるようになる。新しい刺激を求める若者に歓迎された。この流れを引き起こしたのは、商業主義なのだろう。プロのイベンターが、スポンサーからある程度の潤滑な資金を得て、アピールしたところ成功した。言い換えれば、計画通り商業ベースに乗って利益をもたらした。私はこのように理解している。

 先日より、大都会の盛り場にてのハロウィーン騒ぎに、賛否両論が飛び交う。正直を言うと、私は無関心派だ。念のため言うと、諸聖人の日前夜の祭りにではなく、イベンターが仕掛けた大掛かりな消費活動にだ。
 今住んでいる地方都市には、大都会のような騒ぎは殆ど見られない。子供たちが明るい時間に楽しんでいるのか、若者たちが内輪でパーティーを開いているのか。ともかく、商業ベースには乗っていないように思える。
 このように斜めに見ている昨今の事、ネット上で奇妙な『ご意見』に遭遇した。これについて、もう少し考えてから何かまとめようかと思っている。


……なんて事よりも、夏くらいから全く書いていない現地説明会の記事でもあげろって(--〆)
備忘録だと宣言しているのだから、それらしい役目果たせっての(--〆)
 久々に何か書いたら、何の御茶を濁しているのやらε-( ̄ヘ ̄)┌

 本日は終日雨天ですが、橿原考古学研究所の飛鳥京跡苑池第10次現地説明会が行われました。
 この画像は、推定飛鳥浄御原宮(あすかきよみがはらのみや)の内郭、推定内裏の井戸の辺りから、苑池の方向を見た様子です。
 現在の飛鳥川は、明日香村の内では案外小さな川ですが、しっかりとした河岸段丘を見せています。件の苑池は宮地よりも一段下がった段丘上に造られているので、この状況では見えていません。ちなみに奥に見えている丘陵は、左が川原寺の後ろの山で、右の少しけぶっている方が甘樫丘です。


 こちら、以前の現説でも登場しましたジオラマです。今までの調査で、このように塀で囲まれている事が分かっていました。今回は右側の塀の白いマーキングがされている位置に、門と思しき遺構が見つかったので、説明会が行われたという次第です。


 あれ、画像が横倒し??( ・◇・)?(・◇・ )?

 
 こっちも横倒し??何故だ??(゚_。)?(。_゚)??

 この図の赤いラインで囲まれているのが、『飛鳥京跡苑池』として、史跡・名勝指定されている範囲です。池は間に渡堤(わたりつつみ)を設けて南北に分かれ、北に向けて排水路が伸び、最終的には飛鳥川に水が注ぐと考えられています。
 この辺りの小字は出水というようで、池の水のほとんどは湧水だと考えられています。
 今回の調査は、トーンで示されている範囲ですが、西側の川沿いのトレンチでは、中世以降の河川体積が見られ、洪水で遺構は残っていない事が分かりました。遺構が検出された東側のトレンチは、苑池よりも一段高い段丘の上に設けられました。
 この図の南端に塀のコーナーが見えます。そして中央辺りに見える東西方向の柱列(SA00017)の位置が、塀の北端と思われます。この間に150mの南北方向の塀があるとかんがえられ、門の遺構はその中央部で見つかっています。
 塀から続く柱列は、後世の農地整備などで削平されて残っていないようです。


 
  これは池の位置の現在の様子です。残土の上に見学用のテラスを作ってくれていて、そこから見ています。白い看板の位置が、南池、渡堤、北池を示しています。


 さて、今回の目玉となる門の遺構ですが……第一印象、何で4間??(。_。).。o0O?
 東側(奥側)の柱列は一部壁にかかって分かり難いですが、梁行2間、桁行4間の総柱の掘立柱建物です。総柱の建物として、倉庫、楼閣、門が考えられます。現在分かっている塀の上に位置しますので、門と考えるのが妥当でしょうか。しかし、4間となると、門の中央に柱が来てしまい、おかしな構造になってしまいます。
 それぞれの柱間の数値を聞いていないのですが、現地を見た様子では、北から2番目と3番目の柱間が少し広いように見え、南側2本の間が狭いように見えます。門として使われたのは1間ぶんのみで、門に付随して別施設があった可能性も考えられるそうです。



 報道では大きく取り上げられましたが、現地の残りはそれ程、良い方ではありません。
 柱は全て解体時に抜き取られ、柱の掘方の形も乱れているようです。そして深さとしては、30cmも無いように見えます。柱の根石もなさそうです。
 上の画像を見ても包含層が殆どなく、遺物らしい遺物も今回は見つかっていないという事です。

 しかし、今回の門の発見で、苑池施設の全体像の理解が、また一つ進んだ事は間違いありません。今回の調査地の南側、先の調査で2棟の建物跡が見つかった位置は、既に整地が進み、ここに苑池の説明施設を造る予定になっているそうです。
 今年もいずれ行われるバーチャル飛鳥京でも、そろそろ、苑池の様子を復元するのではないかと、東大のプロジェクトチームにも期待しているところです(-ω-)/
少し前にツイッターのタイムラインに流れて来たツイートの事。
フォロワーさんのリツイートの事は確かで、とある若い女性のツイートを第三者が引用リツイートして、感想を述べているような形になっておりました。
大元のモノは、若い女性が恋人との痴話喧嘩のLINE画面をそのまま載せていて、彼女は誰かが私の名前を語って、彼氏との間を邪魔しようとしている、許さないという呟きでしたか。
そして、それを引用した第三者は感想として「自作自演っぽいね」という趣旨を述べていました。
この「自作自演」というのは、女性が恋人の気を引こうとして、自分が送った言葉を誰かの嫌がらせとしているのかなと思ったのですが……


 興味本位で女性のツイッターのページを覗いてみました。
なるほど、女性本人も、嫌がらせの誰かも、医者というプロフィールの恋人も、全部一人の可能性が大きいかな||(-_-;)||||||
女性が気を引きたいのは、特定の恋人じゃなくて、ツイッターを見ている不特定多数なのかもしれません。

これを眺めていて、昔知っていた、ある女性を思い出してしまいました。
その彼女の第一印象は、知的でアグレッシブな美人です。
ところが何度か会っている内に、攻撃的な部分が次第に強くなって来て、発言にも意味不明なところが出て来ました。
あげくに、周囲を巻き込むような騒ぎも起こして、いつの間にかどこかに行ってしまいました。

共通の知り合いの言葉によると、この彼女、一種の病気の可能性が大きい……
これは誹謗ではなく、医師の治療を受けるべき症状です。
本人が病気である事を受け入れて治療に通えば、適切な投薬治療法もあるので、確実に改善する類の病気なのだそうです。
この病気の人に共通するのは、目立ちたがりで虚言癖がある事。
自分に注目を集めるために虚言を吐き、それが露呈しそうになると、相手を執拗に攻撃する。
私が興味本位で見た女性のツイートも、これに近いものに思えました。

で、これが何だ?という訳で……?( ・◇・)?(・◇・ )?
私がボケ~っと考えていたのは、こういう病気って、例えば1000年前にも存在したのだろうなという事です。
奈良時代の話に、こういう脇役を出しても、別におかしくはないだろうなと考えておりました。
さ~て、この人物がうまく使えるか否か……(゜_゜>)
事務所で仕事をしている日は、昼休みに職場でテレビを見るともなしにつけているので、勝手に朝の連続ドラマの再放送が流れてきます。
この類も見始めれば面白いので、時々見ています。
殊に、先クルーのドラマは毎回楽しみに見ておりました。

しかし、今やっている番組は……如何せん、(゜д゜)です。
ここ最近、外での仕事が時々あるので、最初からチャンと見ている訳でもありません。
そして先週までは、ご都合主義な展開だなと思いながらも、適当に流しておりました。

ところが今週になって、こりゃもう、意味不明に突入……ヽ(*´∀`)ノ
ヒロインがマトモな常識を持っているとは、到底、思えない。
職場で責任を持たされる立場になったのに、空回りならばまだ可愛い……もはや諸悪の根源ですわね。

彼女が自己満足で雇った新人、これが取り付く島もないキャラクター。
「小さい時からお菓子作りが好きで、やはり夢を諦めきれない」というプロフィールを掲げているのに、卵は割れない、リンゴは剥けない、商品をダメにしまくる……明らかな詐称です。
小さい時にお菓子作りをしていた人が、そこまで極端な不器用という事が、あまりに不自然じゃぁありませんか。

ついには、オーナーシェフが「クビにしろ」と命じます。
多分、視聴者の多くは、不器用新人を不快に思っているのではないのでしょうか。
期待していた展開は、ヒロインが泣く泣く、彼女のクビを切る事を決断します。

「お店にも迷惑かけました。そして彼女も傷つけてしまいました」と、ヒロインは落ち込みます。
「でも、これも将来に向けての、必要な勉強だよ」と、周囲は暖かく慰めて見守る……はず?(゚_。)?(。_゚)?

と~こ~ろ~が~
一緒に10万回でも練習しましょうと……おい、このドラマのヒロインは誰だ?!
10万回女が、新たなヒロインになるのか??
「一緒に勉強させて下さい」と不器用女に言った事で、ヒロインの面目を保っているつもりか???
おまえ、勉強する事が違うだろう。
まあ、仮に、不器用女と一緒に、彼女の家で、彼女の自腹で買って来た素材を10万回無駄にしまくって、少しずつでも上達して行くのなら話も分かる……いや、分からないか(-_-)
お店の調理場で、お店の備品を使って、お店で注文した素材を……おまえ、何時からこの店のオーナーになった?!?!
もう、脚本家や演出家、制作陣一同、常識は何処に行った?????

そこに追い打ちをかけるのが、精神年齢幼稚園児の恋人……( ̄▽ ̄)。o0○
ドラマの現在時間は、10年くらい前の設定のようです。
『バカップル』という言葉が流行ったのは、もう少し前でしたか。
いやはや、嘆かわしいかな、嘆かわしいかな、嗚呼、嘆かわしいかな……

以上、あまりに馬鹿馬鹿しかったので、備忘録のつもりで思った事をメモしてみましたσ(^◇^;)
もうすぐこの月も終わろうというのに、何も更新しないのも卦体が悪い。
 卦体というのは易での卦の形、要するに占いの結果をいうものらしい。卦体が悪いとなると、当然ながら縁起が悪い、転じて癪に障るとか忌々しいという意味にもなる。

 Twitterなるモノを始めたある日、見ず知らず(でもないか)の他人から、「ど素人は黙っていろ」的な事を何度か婉曲に言われた。しかし、仕事で20年近くやっている事で、ずぶの素人からど素人扱いされては、それこそ卦体糞悪い。
 こういう経緯で、ここ最近では平然と仕事関係の事を書くようにした。すると、同業者や知識のある人が目を向けてくれる反面、言葉は悪いが、何やらに毛の生えたような人がやって来る……そして有りがちに、なんちゃって妄想を宣うてくれる。
 これはこれで卦体が良くない。そこで、相手の立ち位置を無視して、こちらの目線で相手をすると、横柄な奴だと判断してくれるようで、自主的に退散してくれる。相手にしてみれば、こちらこそが卦体の悪い相手になるのだろう。

 相手の揚げ足を取って、「俺はお前よりも知識人だ」ぶる輩も、当然ながら卦体が悪い。話題や相談を持ち掛けて意見を聞くので、こちらが真面目に答えると、それを批判して悦に入る輩も変形ヴァージョンとしてお目にかかる。
 この類は教師という職種に時々見られるような気がする。勿論、話を真摯に受け止めてくれる人も多々いる。前者の先生は、生徒への上から目線を同僚どころか赤の他人にまで向けてくれる。そして批判は、ほぼネガティブな内容に徹する。
 大昔に私自身が受け持たれた先生にも、このような人種がいた事は否定しない。できる事なら、まともな先生に教わりたかった。お蔭で嫌いになった教科が一つと言わずあるのだから。

 ここまで卦体糞悪い御仁がやって来ると、キレるか無視に走るか……久々にそういうのにぶち当たったので、後者を選択した。今日、言いたかったのはこれだな。
 
 日の昇るのが早くなったためか、最近はナタが6時前くらいから起こしてくれます。今日も猫たちに朝ごはんを上げて、新聞を取りに行ったところ朝焼けらしき空が目に入りました。綺麗だなぁと眺めておりましたが、よく見ると幻日も見えています。

 左端のテレビアンテナに接するように左側に出ているのですが、この画像では殆ど分かりませんねσ(^◇^;)
 幻日は夕方に時々見るのですが、朝には初めて見たような気がします。


 朝からバジルの種を蒔くために水につけて置き、10時半の休憩に外に出たところ見えたのが、こちらの日暈です。

 日暈こそ、天気が下り坂になる前、幾たびも見ていますのでそれほど珍しい事象でもないのですが、出ていればつい写真を撮りたくなるものですσ(^◇^;)
 どうやらこの時間、あちらこちらで環水平アークが見えたようですが、こちらでは気が付きませんでした。もう少し早い内には出ていたのでしょうかね、奈良市では綺麗に見えていたようです。

 
 こういう空模様の時は、何となく彩雲になり損ねたような雲が、あちらこちらに見えるような気がします。天気が回復して日が差し始めると、雲の上部に赤い色が見える事は良くありますので、これも似たようなものでしょうか。


 昼休みが終わる頃、外を見たところ……環水平アークです。
 Twitterのタイムラインを見ていると、やはり各地で出ていたようです。大阪では更に鮮やかに見えていたそうです。


 次は15時の休憩の時。少し雲が多くなってきたかなと見上げたところ、太陽のすぐ横の雲がこういう色に輝いていました。雲の形が変わるにつれて、色も次第に変わって行くのですが、とにかく眩しいの何の……涙出てきましたわ(:_;)


 それにしても、外に出て見上げるたびに、何かしら見える日です。これは17時半ごろ、仕事が終わったので、植木や花に水をやっていた時に西の空を見たところ、またもや日暈が見えました。左側に幻日の虹色も見えていたのですが、この写真では写っていません。ちょうど、木の陰になってしまったようです。

 大体、梅雨が近づく頃から夏の盛りまで、虹も含めてこの類の天体現象は頻繁に見られるのだそうです。
またも日が空いてしまいました(。-_-。)
四天王寺聖霊会の続きです。


 童舞が終わり行事鐘が打たれると、右方楽舎より『承和楽』という曲が奏され、六時堂より三綱職の僧侶が降りてきます。石舞台の脇を通り、楽舎の側から舞台に上り、再び六時堂の前に降りて、両舎利の高座の間に置かれた礼盤に着きます。そして、堂内の聖徳太子に法要の趣旨を奏上する『祭文』を読み上げます。
 『諷誦文』や『願文』に同じく、ここでもほとんど声に出しません。この類の相乗は、他者に聴かせる必要がないので、口の中で唱えるのが本来のスタイルのようです。

 この後、再び行事鐘が打たれ、これより『四箇法要』に入ります。
 四箇法要とは、『唄匿(ばいのく)』『散華』『梵音(ぼんのん)』『錫杖(しゃくじょう)』の四つの声明から成ります。


 まずは唄師が礼盤に着き、衆僧も舞台上に並びます。そして始段唄が始まります。


 楽舎より『天人楽』という曲が奏され、舞台の上では衆僧によって『散華』の声明が唱えられ、五色の花弁を型どった散華がまかれます。


 散華の後、衆僧は一旦舞台を降ります。そして供養舞としては最後となる『仁和楽』が行われます。この舞は、タイトルのとおり光孝天皇の仁和年間に、日本で作られた曲です。


 続いて右方楽舎から『延喜楽』が奏され、再び衆僧が舞台の上に参列します。そして『梵音』『錫杖』の声明が唱えられます。

 声明が終わると衆僧は舞台を降りて堂内に戻ります。左右の楽舎からは『長慶子』の曲が始まります。そして一舎利と二舎利が高座から降り、やはり六時堂内に戻ります。


 法要の最後を飾るのは『太平楽』です。『道行』『破』『急』の三曲で構成され、とにかく長い、五〇分近い曲です。
 『道行』が『序』に当たるのですが、四人の舞人が揃うまでの動きも、他の舞とはかなり趣きが違っています。よく見ますと各舞人、舞台の手前で出手を舞い、鉾を受け取って上がってきます。四人が揃うと一度鉾を置き、徒手で『破』の曲が始まり、更に鉾を手にして舞います。
 『急』では『合歓塩(がっかえん)』という曲に合わせ、前半は徒手で、後半は抜刀して舞います。この抜刀が合図となっていて、舞台脇の篝に火が入り、六時堂内の衆僧らも退出してゆきます。とにかく、この『太平楽』は聖霊会には欠くべからざる曲となっています。


 入調(にゅうじょう)とは鑑賞の舞楽という意味だそうです。聖霊に捧げるのではなく、参列した方々への労いです。今年は『納蘇利』でした。
 南都では二人舞が『落蹲』、一人舞が『納蘇利』ですが、天王寺では逆です。往々にして天王寺楽所の方が舞は派手に思えるのですが、面白いことに、この曲を見ている限りでは南都楽所の方が動きが複雑に見えます。しかし、二人の舞手の息が合い、キレの良い舞である事は変わりません。

 今年の聖霊会は天気に恵まれ、西日が暑いくらいでした。ここ何年か、雨に降られる年も少なくなかったので、やはり石舞台の上での舞楽や法要を拝見出来る事はありがたい事だと、つくづく思った次第です。
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うめぞー
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