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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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今年の年男は藤原朝臣良継今年も遅れに遅れて、ようやく年賀状を印刷致しました。
昨年も一昨年も、返事を出すだけという横着をしましたお陰で、かつての八割減という枚数になりまして、まあ、因果応報とでも言うべきかなσ(^◇^;)
それでも何とか、松の内には投函できそうです。

アンバーフィルムがないので、今年は普通に0.3ミリのペンで描いてみましたが、絵柄が特に変わる訳もなし、相変わらずの意味不明の阿呆絵です。

お慈悲のある方は、適当に持ち帰って頂ければ幸いです。

今年の年男は、藤原朝臣良継……というよりも宿奈麻呂の年齢だな、多分……霊亀二(716)年、丙辰年生まれ、御年1,296歳です。

ちなみに他の候補は、神亀五(728)年戊辰年生まれの石川名足安積親王
慶雲元(704)年甲辰年生まれ、藤原豊成菩提僊那
天武九(680)年庚辰年生まれ、氷高内親王藤原武智麻呂
天智七(668)年戊辰年生まれ、行基和尚
という豪華な面々がおられました( ̄▽ ̄)。o0○

今年のイメージは、『春日龍珠箱』(奈良国立博物館)の外箱の蓋の内側に描かれた『八大龍王』なんですが……

 
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オジサンとカワイイ兎たち……今年の年賀状を出したのは、ナント一昨日ですσ(^◇^;)
そして今年もうちの連中から年男を選んでみました。

神亀四年(727年・丁卯)生まれの坂上苅田麻呂氏、おん年1284歳です。

放置したままのHPに一応あげておきましたけど、もしもこんなのでも良ければ持って行って下さい。

私の話に出て来るこの御仁、女顔を気にして、あまり伸びない髭を無理して伸ばしているんですね。
ちなみに次男坊は、もっと髭が薄い優男面でして、親子そろって髭の濃い人をうらやんでいるという、どうでも良いような設定があります?(゚_。)?(。_゚)?

うさぎカプチーノついでにこちらの画像は、近鉄の大和西大寺駅構内のカフェのメニュー、『うさぎカプチーノ』です。

本当なら今日は、春日大社の『舞楽始式』なんですが、阿呆ほど写してきた写真をちゃんと整理していないので、そちらは明日以降に報告させて頂きます<m(__)m>

虎は猫科ですね。今年もスロースターターぶりに拍車をかけて、今頃年賀状なんて書いてます。
ようやく、存亡の危機にあるHPに、今年の年賀状を上げさせて頂きました。
気が向きましたら、リンクの方から覗いてやって下さい。
管理人のワンパターン振りが知れるというものです。

それにしても↓の方でもボヤイテますけど、私の守備範疇での年男年女を見つけるのに、結構苦労します。
もう少し真剣に探せば、いない事はないはずなんですけどねぇ……
もっとも、一昨年までは、そんな事考えてませんでしたけどね(~_~;)
ようやく年賀状のお絵描きをして、パソコン内で合成だけ致しました。
死火山状態のHPに上げようとしたのですが、明日にしますわ。
今何時だ……午前3時半??
いくら明日は休みだからってねぇ(ーー;)

葉書に印刷もまだしてない……
松の内ってのは昨日までなのかなσ(^◇^;)
七草もお粥、食べてないから、11日に春日大社の荷茶屋で食べようかなぁ。
ともあれ、連休中にはポストに投函するようにしますわ。
それにしても、今年も酷い絵だわ(T_T)
随分以前に描いた絵このところ横着になりまして、カッティングまで行き着けませなんだな(@_@;)
随分以前に、HPのキリ番で『氷高内親王』をリクエスト頂いた事があるのですが、その時に描きかけて気に入らないままで放り出していた下絵が出てきました。
何が気に入らないって、デッサンが狂い過ぎてる(ーー;)
適当にモノトーンで色をつけてみたのですが、別に何ということもありませんね……
何となく今見ますと、イメージと全然違う(*_*;
その内、折を見てと申しますか、気分を変えてと言うか、やる気を出して描き直したいのですが、さて、いつの事となりましょうや……ε-( ̄ヘ ̄)┌

氷高内親王は後の元正天皇、つまり草壁皇子と阿閇皇女(後の元明天皇)の間に生まれた長女なのですが、この人も私の書く話のキーパーソン中のキーパーソンです。
衣から出ている紐は何?う~ん、チョッとこちらのサーバーの調子が良くないみたいです。
時々アクセスできなかったり、この画像も一発で開かなかったし、かなり表示にも時間がかかったりと、何かメンテナンスでもしているのでしょうか。
もしかして、この記事は上がるのかな?

これは随分前にカッティングして、そのまま放って置いたお絵描きです。
そもそも、とある人から頼まれたのですが、この人が何をしたくて私に絵を描いてくれと言っているのかが分からず、途中でスッカリ腹が立ってきたので、それきり放り出してありました。
本来は別の人物のつもりで描き始めたのですが、今のところは『良弁大僧都』になっています。

良弁のプロフィールはその内あげますσ(^◇^;)
額のマークを消すの忘れました……別に僧侶にこだわっている訳ではありませんが、以前に描いたいたずら書きが出てきましたので、しつこくスキャニングしてみました。

これ誰かって?
『行基大僧正』とメモ書きにありました。
……というか、誰の顔をモデルに描いたんだ?

何となく、記憶があるんだが(*_*;
多分、元某研究所の某氏かな(ーー;)

それはさて置き、白壁王と行基和上の交友関係は父親の代からと常々書いておりますが、では、志貴親王と和上の交友関係は、どういう切欠からだったんでしょう?
何せ、志貴親王の話って、若い頃しか書いた事がなくって……気がついたら平城京造営に関係する事になって、この御仁と場所の選定やら造成に関する打ち合わせをさせられる羽目になってまして、作者は細かいところをすっ飛ばして、遷都にまでなだれ込ませてしまいましたとさ(--〆)

何せうちの志貴親王って人は、「子供の頃には巧人と共に寺の屋根には上がる、伎人の工房には邪魔をしに行く、挙句の果てには測量の方法まで教わる」(大津皇子談)ような変人ですから、行基和上のような無頼の僧侶には、かなり親近感を持っていたかと思われます。
きっと息子らは、父親と和上との関係を悪口半分以上で語るんだろうなぁε-( ̄ヘ ̄)┌

それにしても、この歌は良いなぁ……
久々にカッティング無しで
先ほどまで、毎日テレビで歴史ドラマを見ておりました。
俳優さんは結構微妙ね、南野陽子さんの女帝は似合ってましたけど。
ストーリーは極めて平凡、もっとヒネリ欲しいけど、まぁ、万人向けにはこんな感じなのでしょう。
でも、各キャラクター、弱いです。
獅童ちゃん、僧侶役だから仕方ないでしょうけどね。
多少とも強いのは南野さんの女帝くらいかしら……
まぁ、変な脇役出さないだけ良かったでしょう、例えば白壁王とかσ(^◇^;)
うちの父上なんぞ出てきたら、文室智努よりも異母弟の大市と騙し合い始めそう。
期待は殆どしていなかったので、裏切られる事もなくて、こんなモノですかねという感想です。

途中でチョッとダレてしまったので、思わず下絵の鉛筆画をスキャニングしていじっておりました。
それがこのお絵描き……カッティングどうしようかな(・。・)
今更ですが『開成王と山部王』です。
うちの開成王、攝津に出奔する前は唐律招提寺におりました。
山部王も後々、肩入れする訳さねと、強引に納得(^_^;)
オジさん二人でスミマセンm(__)m古い絵を他所から引っ張り出してきてスミマセンm(__)m
HPに大昔にあげた絵ですね(^^ゞ

これが誰かと申しますと、左は湯原王、右は白壁王、共に五十代の頃です。
確かうちの設定では、この二人の年齢差は六歳で、湯原王の方が兄です。
異母兄弟のわりには、この二人は仲が良い方です……が、開成王山部王ほどではありませんし、晩年には仲違いをする事になっております。
その原因については、まだ作者が考え付いておりませんσ(^◇^;)

さて、タイトルの親父殿とは白壁王です。
この御仁が生まれたのは和銅二年、西暦にしますと709年です。
そういう訳で今年は満1300歳になります(数えでは1301歳ですが(*_*; )
和銅二年の何時、生まれたのかといいますと、十月十三日だそうです。
宝亀六年九月十一日に、自らの誕生日十月十三日を『天長節』と名付け、寺では法要をしろだの、内外の官人には宴を賜るだの、全国に屠殺を禁じるだのと命じています。

そういう訳で一週間前が、白壁王こと光仁天皇の1300歳の誕生日だったのですね……と申しましても旧暦の事なので、多分、11月の後半になるのだと思いますけど。
気が向きましたら、図書館で具注暦でも調べて来ますか。

ところで、先日消えたはずの旧ブログ(セカンドページ扱い)が、今日見たら復活してるんですよ。
つい昨日、あちらこちらのリンクをはずし始めたというのにねぇ(・へ・)
でもやっぱり、ここは信用が出来ないので、早々に出来るだけ内容を保存するか何かして、こちらに使えそうな事はUPし直したいところですわ。
早いところ外付けのハードディスクを買ってきましょうっと、実はパソコンも一度リカバリーしたいと思っているしねぇ。
唐律招提寺での頃 史料のどこを探しても、真っ当にこの人は出て来ませんが、決して架空の人物という訳ではありません。
 有名なところでは、大阪府箕面市の勝尾寺の創建由来に、この人の名前は出てきますし、北摂にはこの人が創建に関わったとされる寺もいくつかあるそうです。

 ところがうめぞー的な設定によれば、これらの伝承はほぼ無視……?
 名前だけを借りたようなものですσ(^◇^;)
 そういう訳で、これからここに記す開成親王のプロフィールは嘘八百、大風呂敷広げたハッタリ三昧です。

 諱は手嶋王、生まれは天平九年の春、摂津中臣氏を母親に白壁王の長男として生まれましたが、同じ年の冬に異母弟の山部王が正妻の倭史新笠より生まれていますので、嫡子とはなれませんでした。
 十三歳で山部王と共に大学に入り、任官のできる年になると、父親の伝手で紫微中台の舎人となります。
 二十一歳の年、とある事件に巻き込まれる形で従四位下紫微少忠という、異例の出世を遂げますが、むしろその事により出家を決意して、これまた父親の伝手で東大寺の良弁僧都の弟子となります。東大寺に入った後は、戒壇院の鑑真大和上の元に行き、大和上が唐律招提寺に移る時は共に従い、官人時代のコネも駆使して寺の台所を切り盛りするほどの強かさを発揮します。
 口癖は「口八丁で丸め込むのが坊主の仕事」……(-_-)

 開成王と山部王の関係は、私の書く話に時々つきものの、タフで出来の良い兄と兄に劣等感を持つ弟というやつにチョッと近いでしょうか。しかしこの二人は異母兄弟のため、そのような関係よりも親友に近かったはずです。
 ところで、この人の袈裟、もしかしたら禅宗のスタイルじゃないのか?奈良時代にゃ、こんなのないだろうなぁσ(^◇^;)
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