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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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唐律招提寺での頃 史料のどこを探しても、真っ当にこの人は出て来ませんが、決して架空の人物という訳ではありません。
 有名なところでは、大阪府箕面市の勝尾寺の創建由来に、この人の名前は出てきますし、北摂にはこの人が創建に関わったとされる寺もいくつかあるそうです。

 ところがうめぞー的な設定によれば、これらの伝承はほぼ無視……?
 名前だけを借りたようなものですσ(^◇^;)
 そういう訳で、これからここに記す開成親王のプロフィールは嘘八百、大風呂敷広げたハッタリ三昧です。

 諱は手嶋王、生まれは天平九年の春、摂津中臣氏を母親に白壁王の長男として生まれましたが、同じ年の冬に異母弟の山部王が正妻の倭史新笠より生まれていますので、嫡子とはなれませんでした。
 十三歳で山部王と共に大学に入り、任官のできる年になると、父親の伝手で紫微中台の舎人となります。
 二十一歳の年、とある事件に巻き込まれる形で従四位下紫微少忠という、異例の出世を遂げますが、むしろその事により出家を決意して、これまた父親の伝手で東大寺の良弁僧都の弟子となります。東大寺に入った後は、戒壇院の鑑真大和上の元に行き、大和上が唐律招提寺に移る時は共に従い、官人時代のコネも駆使して寺の台所を切り盛りするほどの強かさを発揮します。
 口癖は「口八丁で丸め込むのが坊主の仕事」……(-_-)

 開成王と山部王の関係は、私の書く話に時々つきものの、タフで出来の良い兄と兄に劣等感を持つ弟というやつにチョッと近いでしょうか。しかしこの二人は異母兄弟のため、そのような関係よりも親友に近かったはずです。
 ところで、この人の袈裟、もしかしたら禅宗のスタイルじゃないのか?奈良時代にゃ、こんなのないだろうなぁσ(^◇^;)
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