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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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  この度も忘れた頃に報告、橿原神宮の春の大祭のイベントの事。


 橿原神宮が行う『神武天皇祭』の神事は、毎年4月3日に行われています。
 ところがこの4年くらい、橿原市観光協会の主催で行う『春の神武祭』が大掛かりになっています。どうやら『記紀・万葉プロジェクト』の一環のようです。


 今年も4月13日~18日の間は夕方以降、境内や回廊のライトアップや、外拝殿の3Dプロジェクションマッピング、ライブやコンサート、そして19日が最後を飾る参道のパレードが行われました。




 今年の3D映像のテーマは『ネオ・ジャパニズム』だそうで、折り紙や和紙のイメージに市内の観光スポットの紹介も添えて、可愛らしく綺麗にまとまっていました。時間は5~6分というところ。この短さが、もう一度見たいと思わせる効果になっているように思えます。


 深田池の周囲でも、奈良芸術短大の学生さんたちのアイデアで、様々なアイテムと光を駆使した面白い試みを披露してくれました。これは光の船、虹色に照らされる水面に浮かんだ花と、対岸の光との間を漕ぎ渡って行きます。


 現在、橿原市では『境界の彼方』というアニメーションとのコラボレーション企画を行っているようで、こちらの会場でもプロモーション活動をしていました。
 このアニメ、あちらこちらに橿原市内の実際の場所が出てくるのだそうです。今月いっぱい、その周辺でスタンプラリーを行っていて、スタンプを4つ集めると記念品をくれるという事です。ところが、協賛している店舗の大部分が、アニメのファン層に行き易いとは言い難い処で、かなりハードルの高いスタンプラリーではないかと思われます||(-_-;)||||||
 私も3つまでは押してもらったものの、最後の一つが今の今まで埋まりやしないε-( ̄ヘ ̄)┌
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 高松塚古墳の墳丘全体に映像を写そうという試みは、2月22、23日と3月1、2日の四日間行われます。
そのような訳で早速に初日に行って来ました。

17:30から21:00という予定ですが、ここ最近の日没は17時45分くらいですから、暗くなるのは18時過ぎです。
墳丘の南側にこのような映像の映る台が置かれていて“インタラクティブ体験”が行われています。
この丸い画面を真上から見た墳丘として、現れている光やラインが実際の墳丘に投影されます。
子供達が操作している銀色の円盤が、画像に現れている地球や金星や星屑のコントローラーだそうですが、実際に動かしてみてもイマイチ連動の法則性が分かりませんn(ー_ー?)ン?

18時過ぎになって暗くなり始めますと、ようやく墳丘への投影が始まりました。
『よみがえる四神』の映像は約5分、その後に『インタラクティブ映像』が10分というインターバルで、繰り返しプロジェクションマッピングが行われます。
これは墳丘の北側の玄武の画像、石室が開いて壁画が現れるという演出です。
四神ですから、東では青龍、南では朱雀、西では白虎が現れます。

続いてチョッとリアルな朱雀が石室から飛び立つのですが、この映像は四方とも同じみたいです。
実際に見ていると迫力があって、チョッと奇妙な音楽もマッチしていると思えるのですが、写真や動画を撮ってみると、全然綺麗に映ってくれません・゚・(ノД`;)・゚・
レンズがもっと明るければ、綺麗に写るのでしょうけれど(゜_゜)

この日の晩は天気が良く、かなり冷え込みました。
会場では日替わりで『四神鍋』の販売が行われていて、初日は青龍です。
グリーンの揚げ餃子が入っていますがアッサリ系の味付け、暖かくて生き返りました(^_^)v

こちらは歴史公園館から古墳公園に向かう途中の地下道に、蛍光塗料で描かれていた絵です。
ブラックライトで下から照らすと、このように浮かび上がる訳です。
他には、公園館の前に草月流による四神のオブジェが、飾られライトアップされていました。

高松塚古墳公園の周辺には若干の駐車場もありますが、満車の場合は石舞台公園駐車場に止めて無料シャトルバスで行く事も出来るそうです。
近鉄の飛鳥駅から歩いて7分程度ですから、場合によってはこちらの方が便利かもしれません。
ご興味のある方はぜひお出掛けをm(__)m
毎年秋に行なわれる、明日香村の劇団『時空』の本公演が、今年も『飛鳥光の回廊』のハイライト行事として、9月15日の晩に行なわれました。
しかし今年は、台風18号の接近で朝からの雨、『光の回廊』は中止になりましたが、公演の方は警報が出ない限りは行なうと聞いておりました。

 午後からの土砂降り、本当に行なうのかと石舞台古墳公園に行って見ますと、夕方に向けて準備中との事でしたので、差し入れを持って17時半くらいに出かけました。
こちらの“風舞台”には屋根があるから多少は大丈夫と思いきや、奥の1/3程度しか庇がかかっておらず、役者の立ち居地は完全にオープンスペースも良いところです。

一度は小降りになったものの、いざ芝居が始まったら再び本降り……観客側にはテントが用意されていたので、早めに来た人たちは濡れずに観劇が出来たのですが、役者さんたちはずっとびしょ濡れでした。
しかし、降雨を感じさせない熱演は見事なものです。

今年は台本が遅れ気味で、準備も練習も、かなり押してしまったと聞きましたが、それをカバーするだけの団員の熱意や努力には、本当に頭が下がります。
美術や衣装も毎年、趣向を凝らしていて、こちらも見どころになっています。
今年の物語は飛鳥寺建立が背景になっているので、主人公が関わる瓦だけではなく、丈六の仏像も舞台に上がっていたのには驚きました。
飛鳥寺の御本尊のみではなく、善信尼(日本で初めて出家された尼僧です)の精舎の半跏像(二枚目の画像参照)までも……とにかく、どちらもクオリティ高いんです。

この画像の仏様を御覧下さい、飛鳥寺のご本尊です。
役者さんと比較しても大きな物ですが、これを手造りしてしまう美術スタッフには毎年、びっくりさせて頂いていますσ(^◇^;)
本公演を毎年楽しみにしているという地元の方も多く、朝からの土砂降りもものともせずに見に来てくれる姿を見ていると、地元に密着して支持されているのだなと、その一人としても嬉しく思えました。

それにしても勿体無かったのは天気……・゚・(ノД`;)・゚・
『光の回廊』が中止になったので、公演も中止と思ってしまった人も少なからずいるようで、どこか分かりやすい所で行ないますと表記して欲しかったです。
日中に『光の回廊』のオフィシャルサイトを見た時も、時空の公演は行ないますとは、一言も書いてなかったからなぁ……
団員さんが個人でやっているフェイスブックには書かれていたらしいのですが、やはり公共のページで教えて欲しいですね。
上演したのなら見たかったという人も、絶対に大勢いたはず……(T_T)
 今年も『飛鳥光の回廊』が行なわれています。
といいましても、明日は台風の接近で奈良県の天気予報は雨……中止の確立も高いだろうと、今日(既に昨日)に人出が集中したようです。
駐車場は何所も彼処も満車状態、村内を走る無料シャトルバスも満員で乗れない情況が多々見られました。

何年か前には、どうしてここまで人が歩いていないのというほど、寂しい状況もあったのを考えると、大勢の人が来てくれるのはありがたい事です。

 画像は上から、水落遺跡、飛鳥寺本尊、亀型石造物です。
ロウソクのカップやLED、ライトアップ、野外ライブなどは毎年恒例ですが、今年はそれに加えた演出で、『光のマルシェ』(県内の名店が参加しています)、ミニ鉄道を走らせたり、3Dプロジェクションマッピングなども行ないます。

これは伝飛鳥板蓋宮跡に登場した、竹でできた光のオブジェ、明らかに飛ぶ鳥ですね。
こちらは例年ならメイン会場の一つで、芸術大学などの若い人たちがロウソクカップを駆使して、豪勢に見せてくれていたのですが、今年のアート作品も趣向が変わって面白かったです。

そして、この何を写しているの?という画像が、酒船石に施したプロジェクションマッピングです。
水が流れたり小さな鳥が飛び回ったりと、見ていて飽きないのですが、如何せん場所が狭い……
次はもっと広い場所、例えば飛鳥資料館の庭園とかでやってくれないかな~(~_~)~
石造物のレプリカ、いっぱいあるし( ̄▽ ̄)。o0○

それにしても飛鳥は狭そうで広いというか、見る場期場所が点在しているので、一晩ではかなりハードです。
結局、高松塚地区や川原寺地区には行けず、最後は石舞台公演まで行きました。
劇団『時空』のリハーサルはとうに終わって、最後の打ち合わせをしているようでした。
チョッと声をかける雰囲気ではなかったので、暫らく眺めて引き揚げてきましたが、さて、明日の天気はどうなるものか。
多少の雨ならば本公演は実施すると聞いていますが、さすがに警報が出たならば中止も覚悟しておいた方が良いのかなぁ……・゚・(ノД`;)・゚・
技官の説明を聞く市民の方々13、14日の両日、現在解体修理の真っ最中、橿原市今井町の『称念寺』にて現場見学会が行なわれています。

『称念寺』は浄土真宗本願寺派の寺院です。
建築様式などから、江戸時代前期の天文年間の建立と考えられていますが、今のところは決定的な建立の年は分かっていないのだそうです。

御坊さんの大屋根が間近で見られます。江戸時代の後期、天保年間に大規模な修理が行なわれた事が、文書や銘文などでわかるとの事です。
その後、明治10年に天皇の行幸があり、この時に本堂の南側に『客殿』や『庫裏』が建て増しされたようです。

今回の修理工事で素屋根をかけるに当たって、この『客殿』や『対面所』、『鐘楼』などを先に解体したという事でした。
何せ、今井町自体が狭いので、色々たいへんそうです。

微妙にツイストする下り棟さて、本堂の様子なのですが、損傷具合は半端ではないようです。

二番目の画像の中程で、蛇のようにうねっている北側の下り棟の下では、既に梁が折れて天井を突き破っているのだとか……

そしてこちらの二枚の画像、南側の下り棟は、何となくねじれています。
軒の落ち方も一目瞭然……いつ軒瓦が落ちても不思議でないくらいに見えます。
瓦の損傷も著しく、新たな物がどれ程必要になるのかの調査も、この後に必要となってきます。

これぞと落ちそうな軒先……(*_*;真宗系の御坊さんといえば、何れの本堂も、圧倒するばかりの大きな屋根を持っています。
こちらの大屋根の勾配は45度もあり、ベテランの職人さんでも恐れをなすそうです。
平瓦の重なりを見ても半分以上を重ねているそうで、瓦の下は厚く土で裏葺きもされ、軒下の部分も土で覆うような加工がされているので、かなりの重量が全体にかかっている事になります。

壁面を見ますと、本堂の背面は漆喰壁ですが、正面や脇は吹き抜けの縁になっているので、強度的にも弱い方に向かって歪んでしまい、大屋根の内の小屋梁が持ち堪えられなくなっているようです。

こちらは微妙に傾く柱……建物全体は、柱が南に向かって傾いています。
やや分かりにくい画像ですが、足場の単管が水平垂直に組まれているので、四角い柱が左に向かって傾いているのが良く分かるかと思います。

工事の事前に堂内に入った技官の方が、損傷具合も凄かったけれど、平衡感覚が分からなくなって怖かったと言っておられました……(~_~;)

路地に張り出す二階部分……(・_・;)それにしても繰り返しますが、敷地が狭いので作業が難しいという事です。
素屋根の裏側出口から出て正面に回ろうと見れば、このように二階部分が一部、路地に張り出していました。

これより屋根瓦を下ろす作業に入って行くそうですが、その瓦や解体した資材を置く場所を確保するのも一苦労だとの話でした。
全体を解体して保存のための修復が完了するのは、平成31年度の予定だそうです。
満開の千年桜他の種類の桜も咲いています。宇陀市の桜と言いますと、大宇陀の『又兵衛桜』がとても有名ですが、榛原の『仏隆寺』の『千年桜』も最近では結構、遠方からも人が来るようになりました。
桜は有名ですが、お寺の方はかなりマイナーで、多くの観光客が御参りに来るのは、春の桜の時期と秋の彼岸花の時期くらいでしょうか?


開祖堅恵大師入定岩屋満開の山梨の花地味に花盛りのシキミ解説の看板によりますと、嘉祥三(850)年に空海の高弟の堅恵大師が創建したそうです。
境内には859年に造られたという大師の入定岩屋があります。
ところで堅恵大師って、ここの創建の他にどのような業績のある御方なのでしょう(~_~;)

ともあれ千年桜以外にも、境内では白山桜や紅枝垂桜、山梨の花も満開で、華やいだ様子を呈しています。

千年桜はモチヅキサクラという種類だそうです。さて、天然記念物にも指定され、奈良県下で最古の桜の木とされている千年桜ですが、山桜と江戸彼岸桜の雑種の望月桜なのだそうです。
見慣れた染井吉野に比べると花は小さく、散り際にも白いままのようです。
樹齢は900年を越えるとされていますが、今なお満開に花をつけている様子は実に見事なものです。
今がまさに満開、今日の暖かさで少し花弁が舞い始めていました。

この辺りは標高が高いせいか、千年桜を尋ねる途中でも、白山桜や枝垂桜、八重桜が見頃で、染井吉野もまだまだ咲き残っていました。
次は記事を変えて、すぐ近くの『伊豆神社』の様子でも。
劇団員の登場です。『日本書紀』によれば允恭天皇の頃、様々な人が自らの氏素性をコレコレと主張するのですが、果たしてどこまでが正しい物やら判断がつかず、真偽を糺す方法として煮えたぎる湯の内に手を浸して、焼け爛れた者は偽りを言っていると判断され、無事だった者が正しいとされたとあります。
神事の後に行われた寸劇は、この様子を面白おかしく見せてくれます。

さて、審判が始まります。庭に現れた三人の人物は、それぞれ自らの祖先や血筋について主張してもめています。
審議の対象となった問題の多くは、このような事だったようです。
ところで、この劇で問われる真偽は各人の来歴の事ではなく、寺院の仏像が傷つけられたので、その犯人を捜すというものです。
そして怪しいと思われる三人の人物が引き立てられ、公開の元で『盟神探湯(くがたち)』を行う事になります。

この人は火傷をしましたが……この人はまったく火傷をしませんでした。さて、それぞれに沸騰した湯の中に手を入れるという段になるのですが、三人の内の二人は何やら色々と言い訳が先に発って潔くありません。
それでも審判者は早くしろと促します。

最初の人(白い衣装、山辺白人さんかな?)は思い切って湯に手を入れるて火傷をするのですが……実はこの人の罪は仏像を傷つけたのではなく、病気の母親のために御供えの饅頭を盗んだというものでした。


そして犯人が判明しました。二人目の人(橙色の衣装、柿元赤人さん?)は最初から潔白を主張し、一気に湯に手を浸したのですが、まったく熱くはないと、無事だった両手を示して見せます。

そして三人目(青い衣装、物部青人さん?)、相変わらずああでもないこうでもないと言いながら、さっさと手を入れろと審判者の中臣氏に促されます。
結論を申しますと、犯人はこの人でした。
この人は物部氏出身だそうで、やはり仏像を崇拝する人たちを否定的に見ていたようです。

参列者もお守りの笹を御湯に浸します。このように犯人は判明したのですが、この後の刑の事はお芝居では特に言っていませんでした。
衣装から窺うに飛鳥時代で、まだ仏教が正式に認められたか微妙な時代でしょうから、この人の罪は器物破損くらいのものでしょうかn(ー_ー?)ン?

こうして御芝居も終わりまして、氏子の方々が参列者に笹の枝を配ってくれました。
皆様も手ではなく笹を湯に浸し、色が変わらなければ嘘をついていないと思って下さい。
まあ嘘も方便、誰にしろ一つや二つは秘密もあるでしょうからお気軽にと、皆さん、珍しい神事に進んで参加をされていました。

頂いた笹熱湯に漬ければ色が鮮やかになるかなと思ったのですが、特に変化もありませんでしたσ(^◇^;)
笹は各人持ち帰って、御祭して下さいとの事。

このように寸劇を行うようになったのは、この十年位の事のようで、劇団の人が参加するようになったのも、つい最近の事だそうです。
今年は午前中に雨だったせいか、チョッと人出がさびしいかなという様子だそうですが、狭い境内、御近所の人や観光客、外国からのお客様も来られて、無事に神事も終了致しました。

「立石」の前に湯の沸いた釜が置かれます。飛鳥坐神社の飛鳥宮司さんが執り行います。盟神探湯(くがたち)神事は、甘樫坐(あまかしにます)神社で毎年4月の第一日曜日に行われています。
もらった説明書によりますと、盟神探湯は古代の裁判方法として、日本書紀の允恭天皇四(415)年の条に見えるそうです。

とても風の強い日でした。氏姓の混乱が生じたため、誰が正しい事を言っているかを判断するため、煮えたぎった湯に手を入れさせ、火傷をしなかった者が正しいとする、現在の基準ではあまりに理不尽な裁判が行われていました。

祭は明日香村の豊浦と雷の大字の方々が氏子として行っていましたが、もう少し見ても分かり易く面白い物にしたいと、考古学者で有職故事を研究している猪熊兼勝先生にプロデュースして頂き、衣装も調えて、境内の『立石』の前で寸劇を交えて神事を行っています。猪熊先生の挨拶と解説。祭に参加する氏子の方々
今日はとても風の強い火で、午前中には雨も降っていたために気温も上がらず、かなり寒く感じる日でした。
こちらは『飛鳥坐神社』の飛鳥宮司が宮司を兼ねているようです。
『立石』の前に据えた釜では湯が沸騰し、宮司がその中に米と酒と塩を注ぎ、笹の葉を浸して参加者に御祓いをします。
その後、猪熊先生からお話を伺い、明日香村の劇団『時空』による寸劇が行われます。

では寸劇の様子はまた改めてm(__)m
歌枕直美さんの独唱橿原神宮の春の神武祭は、本来ならば神武天皇の忌日とされる四月三日に行われているのですが、昨年より『なら記紀・万葉プロジェクト』の一環として、3日を含む一週間に拡大されて行われています。
今年は本日、4月1日(月)~7日(日)までで、昨年と同様に夕方からはライトアップが行われ、最終日は恒例の参道パレードをもって締めくくりとなります。

背に日神の威を負いたてまつり勿論、本来の『神武天皇祭』は3日に宮内庁から御勅使参向で行われますが、こちらは平日なので行った事がなく、内容は良く分かりませんσ(^◇^;)
勅使祭の後、扇舞や国栖奏(くずそう)の奉納があるようです。

さて本日は、18時よりライトアップの点灯式が行われるというので、早く帰って来たのを幸い、散歩がてらに出かけてみました。

乃ち黄金の霊しき鵄ありて家を出たのが18時15分くらいだったので、外拝殿の前に到着した時には主なセレモニー終わっていて、ちょうど歌枕直美さんの歌が始まるところでした。

御本人の御言葉によりますと、国産みの神話からカムヤマトイワレヒコが橿原に入って国見をする物語を、記紀などに見える歌謡でつづるという事でリサイタルが始まったのですが……
この方はここ何年か和歌劇という名前で、このようなリサイタルを行っておられまして、歌の途中で物語を語ってくれます。
語るというのか騙るというのか……この内容、かなり誤解を招くというか、無理があるというか、とにかく頭の中が???????????になります(-_-;)
まあ、この方の和歌劇を聞きに来る人は、あつかわれるテーマに多少とも造詣を持っておられると思いますので、ベタに信じはしないでしょう……と、希望的観測(-_-)

橿原の地は蓋し国の墺区かこの後続いて、昨年も行われた外拝殿の3Dプロジェクションマッピングが行われました。
『まほろばファンタジア』というタイトルがつけられていましたが、内容を見てみますと、まさに『神武東征』です。
筑紫を発って難波から上陸した神日本磐余彦が、生駒で敵に阻まれて一旦撤退しますが、日を背負う形で熊野より上陸し、山中で高天原の神の剣を授かり、ヤタガラスに導かれて大和に入るというストーリーのようです。

虚空見つ日本の国準構造船が太陽に向かって漕ぎ進んで行きますと、前方よりおびただしい矢が飛んで来て、画面は楯に埋めつくされます。
楯の壁は破壊され、赤と青の光が飛び交い、再び日輪が画面を覆い、次には岩を砕く剣が現れ、三本脚の鴉の飛翔が続きます。
剣は更に壁を切り崩すと、金色の鵄が光に向かって飛び立ち、やがて幔幕の間から現れる宮室に吸い込まれ、最後は満開の桜に画面は変わります。

この3Dマッピングは6日まで、毎晩18時30分から行われるので、機会のある方には是非ともおすすめです。
なお6日には19時からタケカワユキヒデさんのコンサートもあるそうです。
そして参道パレードは7日の13時30分から、今年も天気に恵まれますようにm(__)m
扉石の模式図もう昨年の現地説明会なので今更な内容ですが、橿原市の『植山古墳』の続きです。

これは現説の現場に示されていた、西側石室に有ったはずの、羨道と玄室を仕切る石製扉の復元図です。
今は失われた扉石は、古墳から少し離れた神社で加工転用されている事が確認されています。
ここに書かれているのは素盞鳴命神社八咫烏神社の物だけですが、もしかしたら春日神社にもあるらしいと聞きました。
しかし、未だに確かめに行っていないので、取り敢えずは現説の後で見てきた物だけでも。

ヤタガラス神社の踏み石こちらは『八咫烏神社』の踏石の様子。
半分以下のサイズにカットされ、ほぞも切り取られていますが、見た様子では竜山石のようで、手前の石や階段に使われている花崗岩とは明らかに違います。
階段は新しいようで、この踏石の幅で造られているようですね。
ちなみに難波型の狛犬は、和泉砂岩だったと思います。

 素盞鳴命神社の踏石横から見た踏石こちらは『 素盞鳴命神社』での様子。
真ん中辺りに写っている半分黒くなったツートンの石がそれです。
八咫烏神社の物も角を面取りしているなど加工が見られますが、この石もそれらしい事を行っているように見えます。
角を落としているのは、扉の時に加工されたままです。
そして素材は、やはり竜山石のようです……ってのか、セットなので当たり前なんですがσ(^◇^;)

大和に石なしと言われるそうで、中和の平野部では案外、大きな石の調達には困ったようで、古墳の石室などが露出していたりしたならば、長年の内に持ち出されて二次的に利用される事も多かったようです。
その典型が、郡山城の石垣だったりするのですが(^_^;)
おまえは誰か
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うめぞー
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