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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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不謹慎極まる事を言いますと、首のすげ替えという言葉を聞くと私はお雛様を思い出します。
どうしてかって……幼少のみぎり(?)、こういう遊びをしておりました。
御存知の方も多いでしょうが、お雛様は頭部と体部が別々に作られているので、簡単に首が抜けるのですね。
大昔の事、姉のお雛様の首を抜いて、選りによって左大臣の白髪頭に差し替えたり、五人ばやしの誰かの体に注したりと、全く持って意味不明の事をしては祖父母に怒られておりましたσ(^◇^;)
そしてその頃の飼い猫は、お内裏様を蹴落として、自らが一番高い所で伸び伸びと寝ているような事も仕出かしてくれました……猫や犬は飼い主に似る???飼い主は私ではなく、父母ですが。


「大炊の兄ら以外の親王がおらぬでも、同様の立場の孫王はいない訳でもない。その者らの高齢が不安だというのなら、その子息らの資質も考慮して挿げ替える首を捜しているのは、女帝も大師も同様なのやもしれぬ」


お雛様も猫もとりあえず置いておきまして、ここで挿げ替える首は『日嗣』もしくは『主上』という御方の事です。
この言葉を発するのは開成王、大炊とは時の帝の淳仁天皇、女帝とは阿部太上天皇(孝謙・称徳天皇)、大師とは藤原恵美朝臣押勝(藤原仲麻呂)です。
時は天平宝字五年、西暦761年、大炊王が即位して三年目の事です。
あの壬申の乱からそろそろ九十年、世代は孫や曾孫が中心となっているこの頃でも、淡海帝系か浄御原帝系かが重要な要因だったのでしょうか。
聖武皇帝以降の皇位継承があれ程に揺れに揺れて、その要因以上に別の系統への継承に問題が出ていた可能性もあるだろうに、どうしてここに到ってもどちらの天皇の子孫なのかが、一番重要視されるのか?
私が今回、通説に対して疑問に思うのはこの点です。

この事が未だに当たり前とされているのは、『続日本紀』に淡海帝系の諸王の記事が殆ど現れないからでしょうか。
しかし諸王に関していうと、淡海の浄御原のという前に、系譜不明の人もかなり多いはずです。
そして成人した皇子の人数を比べてみると、浄御原系のほうがずっと多いので、確率的にどうしてもこちらが多くなるのは当たり前の事でしょう。
更には『続日本紀』自体が、白壁王こと光仁天皇(淡海帝の孫)の生前に編纂が始まり、その子の山部親王こと桓武天皇の時代に成立しているのですから、この系統に関してのあまり大っぴらにしたくない事には口を閉ざす姿勢は充分にありうる事だと思われます。
大炊帝への為政者らの不満の高まる中、次に挿げ替える首の候補に、どうして淡海帝の孫や曾孫らがいなかったと断言できるものなのでしょうか。

これらの与太は、今までにも再三書いてきたことなので、今更口角に泡を飛ばして騒ぐ事でもないのですけれどね(^^ゞ
そして結論、史料に現れない事はありえない事なんてセオリーにもならない大枚妄想は、私のような厚顔な物書きには絶対に通用しない世迷い語だったのです(ーー;)
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