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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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今書き直している話は、六~七年前に書いていたものです。
つい最近まで書いていた話より、三代さかのぼりました白鳳時代という頃の話です。
一番、頼りになる史料はと申しますと『日本書紀』です。
何度も申しますが、これが全く一筋縄じゃ行かない(T_T)

とにかく私は、この時代をしっかり忘れていますσ(^◇^;)
人物関係とか年齢とか飛鳥の地理とか……隣の村だってのに?
それより何より、ここ数年の『飛鳥浄御原宮内郭』の発掘成果も、ぜんぜん頭に入ってない……と、申しますか、この話を書いたのが、それらの成果が公表される以前だったので、読んでいても『大殿』だの『奥殿』だのと言っているのが、どこの事やら殆ど分からないε-( ̄ヘ ̄)┌

『日本書紀』の記述も、これらとどの程度合致するのか、諸説が入り乱れていてはっきりしません。
多分、私が『大殿』と書いているのは『エビノコ大殿』で、『大安殿』と書いているのは『内郭』の一番南に位置している、四方廂の大きな建物でしょう。
内郭を後の内裏と考えて、エビノコ大殿を大極殿(未だに反対意見はあるらしいですが)とするのは分かっているのですが、外郭が殆ど調査されていないから、各司がどこにあるのかなんてさっぱり分かりませんわ(*_*;

この内郭の一番北東隅に、現在明日香村に行くと見る事の出来る、『伝・飛鳥板蓋宮跡』の井戸があるのですが、ここを内裏の隅っこと考えますと、2006年の調査で出て来た三連の大きな建物が、天皇や皇后の住まいと考え、その後ろは妃や宮をまだ持っていない皇子たち、采女たちが住んでいたと考えて良いのでしょうかねぇ……?
ところで井戸は良いのだけど、ここって炊屋はあるんでしょうかねぇ??
それとも大善職みたいに外にあって、宮中では火を使うのは御法度なのかな???

まぁ、このような事は直接話の中には出てこないのですけど、何かやっぱり気になるんですよね。
そういう訳で、先程から一昨年の橿原考古学研究所付属博物館の秋季特別展の図録と、首っ引きではったりに勤しんでおります(@_@;)
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