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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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例えば『続日本紀』宝亀二年三月庚午(十三日)の条に“四品諱を中務卿”とあります。
この“”(いみな)とは毎度お馴染みの“山部親王”の事です。
どうして名前を書かないかは、この『巻三十二』が編纂された時の天皇が、この御仁(後の桓武天皇)に当たるため、その名前を記す事を避けたのだそうです。
同じ例が白壁王(光仁天皇)や安殿親王(平城天皇)にも見られます。

さてと、この皇族方々の名前(諱)は、大概が乳母(めのと)の氏によるものだそうです。
山部親王の場合は“山部宿禰”になるのですが、この人たちを対象に、延暦四年五月三日の詔によって、白髪部(白壁)を真髪部に、山部を山に改めろと命じます。
「また、臣子の礼は必ず君の諱を避く。比者、先帝の御名と朕が諱とを公私に触れ犯せり。猶聞くに忍びず。今より以後、並に改め避くべし」

延暦二年二月五日、故藤原百川に右大臣の位を贈るという詔と共に、叙位が行われています。
ここで“山宿禰子虫”という女性が無位から従五位下に叙せられています。
この名前は二年後の詔を受けて記されているのでしょうが、本来ならば“山部宿禰子虫”だったはずです。
いずれにせよこの名前が史書に現れるのは、この一度のみですので、この女性が何者なのか分かりません。
桓武天皇即位の翌々年のこと、その関係者の叙位が行われているとして、この女性こそが山部親王の乳母だろうと推測したのは……え~~~と、誰だっけ?角田文衛氏だっけ??青木和夫氏だっけ???(ーー;)

そういう訳で、先日(1月25日)の能登川の戯言もこの一環ですし、他の皇族にもこれは当てはまる訳です。
光仁天皇の甥に当たる人に“鴨王(かものみこ)”と“神王(みわのみこ)”がいます。
神王は榎井親王の子ですが、鴨王は誰の子供かは不明、私はこの二人、年子か、もしかしたら双子の兄弟だろうと思っています。
最初の叙位は同じ時だし、妙にセットになる名前なんですよね。
そしてそれぞれの乳母は、鴨氏(賀茂氏)と神氏(三輪氏)になるのでしょう。

こういう調べ物は結構、お気楽なんですけど、さて、一体これから何の話を書こうか……また頭痛が(-_-;)
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