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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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普段は非公開です。今月一杯、大和郡山市の額安寺で重要文化財に指定されている『忍性菩薩骨蔵器』ほか十一点の資料の特別公開をしています。
これも平城遷都1300年祭の一環でしょう。

ところで、こちらのお寺、かなり分かりにくい所にあります。
何せ大きな道にまったく面しておらず、古くからの住宅地の中の細い道を入って行かなければなりません。
おかげで、近くの神社はすぐにたどり着けたのですが、そこから目と鼻の先のお寺が見つからなくて、何度も同じような所を巡っておりました(-_-;)

本来が観光寺院という存在でもないようで、通常の時は拝観料もとくには設けておられないようですが、今回の特別公開は有料です。
そして寺宝等は写真撮影可、ただしストロボ等は禁止だそうです。
最初は誰もいない貸しきり状況かと思いきや、思い出したように二人、三人の人達が拝観に来ておられました。
こんな地味な(と言っては失礼か……)特別展示にも、皆さん、興味を持って下さるんですねぇ。

ところで忍性菩薩ってどなた?
鎌倉時代の僧侶で、またの名前を良観、この額安寺の中興の祖で、ハンセン氏病治療のために『北山十八間戸』を建てて社会奉仕活動をした事でも有名ですが、晩年は主に関東で活躍したようで、鎌倉の極楽寺で亡くなられたそうです。

最古の虚空蔵菩薩だそうです。ところでこちらのお寺の名前、"かくあんじ”と読みます。
私はずっと"がくあんじ”と読んでいました(・_・;)
聖徳太子が建立した『熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)』が、この寺の前身だとされています。
額安寺の名前の由来は、推古天皇が額に怪我をした時に、この精舎で治癒の祈願をされたところ、痕も残らずに綺麗に直ったとの事で額が安らかな寺としてつけられたのだとか……推古天皇は確か、額田部炊屋姫という名前でしたよね、むしろそちらに関係するのでは?
歩いてすぐのところに、『推古天皇社』という神社もあります。

そしてこちらには、このような虚空蔵菩薩の半跏像があります。
道慈律師に由来した奈良時代後期の作で、最古の虚空蔵菩薩なのだそうです。
随分と綺麗に色が残っているなぁと思いきや、鎌倉時代に修理されているようです。
私はこの方が御本尊だと思っていたのですが、本堂のご本尊は室町時代に作られた十一面観音でした。
そちらの御方も、彩色が綺麗に残った穏やかな尊顔の仏様です。

それにしても、本当に奈良県ではチョッとした御寺が実は歴史や格式を持っていて、どうしてこんな所にこれ程の御像が残されているのだろうと驚く場所が多いです。
つい最近も、とある平安時代後期の仏像が県の重要文化財に指定されたのですが、無住の御寺に安置されているのだそうです。
こちらのように、住職さんもおられるしっかりとした御寺なら大丈夫ですが、そうでない場合は御近所の方々が管理をされているそうです。
色々と大変な事があるのですねぇ……
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