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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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タイトルとは関係ない虹色の雲選挙報道も見ずに『ETV 特集』を見ておりました。
『日本と朝鮮半島2千年⑤―日本海の道』という訳で、メインになるのは渤海との関係です。
この国の名前を正直に日本語読みすると、“ぼっかい”ですが、どういうわけか私は昔から“パルへ”と呼んでおります。
ハングル語読みだと思います。
番組中でロシアの学者さんが、この国名を何と呼んでいるのかがイマイチ聞き取れませんで……モヘイとかモハイとか言っている様な?
もしかして中国語読みなのかしら??

『続日本紀』では常に『高麗』の名前で出て来るせいか、私の頭の中ではこの国は韓族による国だと勝手な解釈ができておりまして、間違っても靺鞨の国だとか、中国の古代国家だなんて認識がないのですね(^_^;)

それはともあれ……何か腑に落ちない内容なんですよね。
今回は誰に気を使ってるんだ???
もしかして中国?

確かに奈良時代の始め頃、東北辺りに漂着した渤海使は、新羅と唐に挟み撃ちをされかねないと、海を隔てた日本への軍事同盟を持ちかけます。
確かこの時は、二代目の王様の大武芸だったかな。
日本側はと申しますと、もちろん聖武天皇の若い頃なのですが、太政官を牛耳るのは左大臣の長屋王……(ーー゛)
これで果たして交渉は巧く行くかと思う通り、日本側はハッキリとした返事をしていないはずです。
ところがこの直後、長屋王は謀反の疑いで失脚します。
そして次のトップは大納言、多治比池守なんて年寄りは押しのけて、藤原南家の武智麻呂が台頭してきます。
かくしてここに、最初の新羅攻撃の計画が持ち上がり、渤海側にも色好い返事をしようという動きに出るのですが……
障害となるもの、それは新羅から遣って来た……豌豆瘡、つまり天然痘の流行です。
これによって太政官は壊滅状態、国内がシッチャカメッチャカだってのに、国外になんて構っている暇はありませんわ(@_@;)

そして約二十年の後、再び新羅征討への声が上がるのですが、既に時代は大きく動いています。
まずは日本の天皇も、渤海王も世代が代わっています。
渤海や新羅の盟主たる唐は、安禄山による謀反で国の根幹はガタガタ。
これによって、元々国内が不安定な新羅(三国史記によれば)も青息吐息。
日本国内には渤海の誘いなんぞなくても、親父の世代が画策した(?)新羅征討計画が再燃してきます。

この頃にも渤海使は何度も日本に来ています。
既に冊封されている渤海は、唐の皇帝の名前で兵力の供出を命じられていて、この辺りの真偽も確かめたく、日本にも情報交換のために使節を送っているようです。
こういう複雑な国際背景が、再び日本と渤海を政治的にも近いものにして来ます。

この類を端折りますと、結構時代が見え難いんですわね。
今回の番組も、あえてそういう所には踏み入らずに話を進めているので、結局は出羽やら越での公でない交易に焦点を当てざるを得ないような内容になっているような気が致します。
番組作りは色々と革新的な内容にも思えるのですが、どうも切り口が腑に落ちない、何か片手落ちに思えるのですが、あまり高望みをするのも間違っているのかもしれません(-_-)

金沢学院大学の先生が簡単な時代背景を解説しておられましたが、果たして本当に太政官トップが積極的に新羅への出兵を唱えていたのか、こいつには個人的に反対なんですけど……まぁ、良いか、その辺は(^^ゞ
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こんにちは

お世話になっております。
古代史は好きなんですが、体系的に学んだことがないので、何となく好きというレベルにとどまっております。
さてこの番組は絶対見ようと決意していたのに、その前に見ていた番組がつまらなかったせいでつい居眠りしてしまい、そのまま見ずじまいになってしまいました。残念であります。
渤海って相当な強国だったとも聞きますが、習った歴史の中ではほとんど存在感がありません。
この国の表記は音訳なんでしょうね。
中国からみたら北狄とか東夷の類なのでしょうか。
Re:今晩はm(__)m
こちらこそ、ご無沙汰していますm(__)m
狛犬はあちらこちらに見に行くのですが、相変わらず写真が下手なので、投稿するのもややためらう様なこの頃です(^_^;)

さて、渤海もかなりマイナーですが、統一新羅も高校などで習う歴史では、あまり踏み込んでいないかと思います……もっとも学んだのがかなり昔なもので、最近の歴史の教科書は良く分かりませんが(^^ゞ

渤海の範囲は旧高句麗のと同じ辺りになるようです。
高句麗も百済同様、新羅と唐の連合軍によって滅亡に追い込まれるのですが、その後に新羅と唐が戦争を始めると、この辺りは極めて不安定な状況になり、新羅が旧高句麗の勢力を持ち上げて傀儡の国を建てはしましたが、隙を突いて進入してくる北狄勢力などに、常にさらされていたようです。
唐が高句麗併合をあきらめて引き上げた後に、大祚栄によって渤海は建国したのですが、大氏が朝鮮民族なのかツングース系の靺鞨なのか、学者の意見は分かれているようです。

初代の祚栄は唐に冊封されるのですが、二代目の武芸が敵対した事で、脅威を感じた新羅と唐(既に和解しています)より圧力をかけられるようになって、日本に同盟を持ちかけてきます。
それでも武芸も晩年は唐に反旗を翻すのはやめて、渤海王として封せられていますので、この後は露骨な対立はなくなるようです。

ところが755年に唐で安禄山がクーデターを起こし玄宗皇帝は亡命、続く史思明の反乱で唐の国は滅茶苦茶になってしまいます。
これらの事で唐の国力は大きく削がれたようで、沿海州の方に目を向けている余裕もなくなったのかもしれません。
唐に代わる先進文化の移入元として、日本とは海を挟んで着かず離れずの友好関係を結んでいたのですが、唐滅亡の19年後の926年、契丹に滅ぼされます。

このように日本とは決して縁の浅い国ではないはずなのですが、歴史書らしきものを残していない事と、やはり場所が場所なので遺跡の調査もあまり進んでいないようです。
発掘調査については先日の番組でも取り上げていたのですが、ロシアや韓国に日本も加わって少しずつ行われているようで、これから具体的な姿が見えて行く事を期待しているところです。

渤海については具体的な概説書や研究書も少ないようで、私も奈良時代の日本に関連した程度の事しか知りませんσ(^◇^;)
三代目の王様の名前……思い出せない(@_@;)

有難うございました

渤海の初代と二代目を知っておられるだけで大したものですよ。
そんな人、私の身の周りには皆無です(笑)
詳しくご教示いただき、改めて、当時の東アジア情勢抜きに日本古代史を考えることは出来ないと言うことを痛感しました。
非常にエキサイティングです。
Re:どうもですm(__)m
渤海に限らず、東アジアの歴史は面白いです(^^ゞ
二代目の武芸が唐と敵対した原因の一端は、兄弟げんかです。

父親の祚栄が次男(だと思います)の門芸を唐に宿営させたのが発端で、すっかり唐に感化された弟の態度を怒った兄の武芸との間で対立が起こり、ついには弟は唐に亡命する羽目になります。
渤海王が日本に使節を派遣するのは、この直後の事だったと思います。

調べたのがかなり昔なので、どうもうろ覚えでいけませんね(^_^;)
もしかしたら二代目の武芸は、唐と和解しないままに亡くなったかもしれません……どうも思い出せない、いずれ調べてみましょうっと(~_~;)

でも安史の変に伴って日本が新羅征討を考えた頃には、渤海王大欽茂(この方が三代目の王様です)は唐と和解しているはずです。
今よりも情報の伝達が遥かに遅い時代とは言え、この辺りを時の太政官が全く知らないはずもなし……同盟する渤海の協力が得られないとなると、新羅征討はどこまで具体的に計画されたのか、この辺が私には疑問なんですね。

以前にこの辺の時代の話を書いていたので、つい、突っ込んだ話になってしまいましてσ(^◇^;)
また、狛犬の写真がマシに撮れましたら、投稿させていただきますm(__)m
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