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恭仁宮跡を出た頃には既に日は沈んで薄暗くなっておりました。
この史跡は国道から一本北側の細い道に面しているので、そのまま国道に合流する所まで車を転がして行く事と致しました。
……と、途中で『恭仁神社』という看板がありましたので、暗くなるまでもう少し時間が有ると、参道に車を乗り入れますと右手に駐車場がありました。
名前を聞いた事があるし、割合に大きな神社みたいです。
石段を登って行くと、拝殿の前に舞台、その左右に氏子の仮舎のある、相楽郡独特の建物配置の境内に着きました。
拝殿からチョイト回りこんで見ますと、このように立派な御社が覗いているではありませんか。
この造りといいサイズといい、間違いなく春日移しです。
多分『恭仁神社』は、先日に春日移しの御社のある神社を調べている時に見た名前なのでしょう。
綺麗に塗りなおされていますが、屋根は檜皮葺きのままですし、千木の姿も実に綺麗です(~_~)
こりゃまた、近い内に再訪して、明るい時にゆっくりと見に来ねばと思いつつ、更に周囲を眺めますと……
社の横や後方に石灯籠が幾つか立っておりました。
『天満宮』と刻まれていますので、菅原道真公が御祭神ですね。
納得しつつ別の灯籠を見ますと『御霊大明神』?
う~ん、やっぱり天神さんか?
それとも末社に御霊神社があるのかしらと、再び拝殿の前に回りますと、ようやく解説の看板を見つけました。
祭神 崇道天皇
藤原太夫人
菅原道真公
あきまへんわ……つい、笑いが出てしまって(~_~;)
以下、解説によりますと
“もともと菅原道真公を祭った村社天満宮で本殿は、文久三年(1863年)に奈良春日若宮の社殿を移築したものである。
昭和四十年に、現在の恭仁京のあとに鎮座していた御霊神社と併合し神社名を恭仁神社と改められた。
祭神は、御霊神社から遷座された崇道天皇及び藤原太夫人ともともと天満宮に鎮座の菅原道真公の三神である。(後略)”
もう勝手にしてくれ……とのボヤキと共に、やっぱり近い内に再訪の可能性ありそうだわと確信するうめぞーでした。
今年度の『高麗寺』の現説、車で行ってやろうかしら(^_^;)
ちなみに今日、奈良町に行ったのはこの一連の流れもあってでした……その前に『寧估庵』にも行きましたけれどね。
こっちの写真はまた改めてσ(^◇^;)
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