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う~ん、やっぱり私は勘違いをしているのかも(@_@;)
大伴氏の内紛なんぞじゃなくて、ここの一族こそがスケープゴードか(・・?
この家は果たして確実に、天皇家に妃を出せたのか???
少なくとも天智天皇や天武天皇の時代には、入内した娘はいないようだし、それ以降も見当たらないぞ……
もしかしたら夫人(ぶにん)は愚か、嬪(ひん)ですら出せない家なのか?????
こういう氏族による制限と言うのが、もしかしてあるのかしら???????
私が現在、扱っている時代で后がね――皇后になれる娘を出せる家は、おっそろしく限られています。
はっきり申しまして、皇家と藤原朝臣のみ……橘朝臣は、次の世代です。
その外にいる一族は、后がねとまで行かなくとも、入内できるだけの娘を出せるような家と組む必要でもあるのでしょうかねぇ。
奈良時代に皇嗣を巡る謀反を未遂にせよ起こしたのは、皇族か藤氏か、やはり皇族の意識が抜けていない橘氏くらいでしょうか。
この時代の最後になって、皇位には昇りそうにもない生まれの天皇が出たから、それから外れるような人が謀反を起こすのか?????
この屁理屈って、出家の天皇がいるんだから、出家の大臣がいても良いじゃない……に通じるような気がするんですけど(-_-;)
いずれにしても挿げ替える首は皇族しかいない、このセオリーは貫いているように見えるのだけど、これももしかして何かのトリックなのかなぁ……(*_*;
考えれば考えるほど、釈然としないのが延暦年間の始め頃なのですが……
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