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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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今回書こうと考えている話の登場人物では、この御仁こそが取って置きの曲者でしょうか。
確かに周囲は曲者だらけなのですが……と申しますか、私の書く話の主要登場人物はどれもこれも、一癖二癖じゃすまないような人ばかりなのですが、その上前をはねるのがこの方でしょう(~_~;)
かつて私は、聖武天皇と光明子皇后は、天武天皇と持統天皇にも匹敵する最強の夫婦かもしれないと、何処かで与太を飛ばしておりましたが、今もってこの辺りの感想は変わっておりません。

天平十五年、紫香楽離宮にて『盧舎那仏造営の詔』を発した時の、太政官を構成する面々を見てみますと、

 知太政官事  鈴鹿王 (兼式部卿)
 左大臣     橘宿禰諸兄 
 中納言     藤原朝臣豊成 (兼中務卿、中衛大将)
           巨勢朝臣奈弖麻呂 (兼神祇伯、左大弁)
 参議       藤原朝臣仲麻呂 (兼民部卿)
           大伴宿禰牛養 (兼兵部卿)
           紀朝臣麻呂 

この中で一番厄介に思えるのは、まあ、左大臣でしょうかねぇ。
その左大臣と、表面上は協調しているのですから、ある意味怖いものなしなのかもしれません。

でも今回問題になって来るのは、ここに現れていない人たちとの関係です。
その一人が光明子皇后、そして氷高太上天皇(元正太上天皇)、阿部内親王(皇太子)、更に行基大僧正、そして何よりも今回の主役となる白壁王です。

首(おびと)天皇と白壁王の年齢差は八歳、血縁関係は父親(文武天皇)の従弟なので、そうそう近い訳でも遠い訳でもありません。
何せ他の浄御原(天武)天皇系の二世王らとも、同じ程度の血縁ですから……
しかしこの二人、良く考えてみると共通点がない訳でも有りません。
父親を幼少期に亡くしていて、母親の顔をほぼ知らない、当然ながら親代わりになってくれた人達がいたはずです。
こういう些細に思える辺りが、私の付け込むポイントですね(^_^;)

この御仁の即位後の行動を考えてみると、やはり母方というか皇后の身内は鬱陶しかったのでしょう。
そこで目を向けるのは、やはり父方の家系、しかし浄御原系は母方以上に鬱陶しいかも?
焦点を更に絞って、自らの祖父母や伯父伯母らの周辺に引っかかっていたのが、案外、生い立ちで共感できる白壁王のような、一見、毒にも薬にもなりそうにない人物だったのかもしれません。
いや、天邪鬼うめぞーのプランでは、もっと決定的な要因を用意しているのですがね(ーー゛)
とどのつまり、白壁王は若い天皇にとって、かなり目障りで気の置ける存在になりつつあったんです。

ここにしゃしゃり出てくるのが、多分、橘諸兄、そしてその異父妹とファミリーたちですねσ(^◇^;)
結局は切りたくても切れない、血縁関係はあっちもこっちも巻き込む訳ですわ。
考えようによっては、家に対する不満を常に抱いていたのは、諸兄も共通のような気がします。
だから後々、皇族から臣に下りて橘宿禰の名前を継いだのかもしれませんが。
逆にこの部分は、白壁王とは異なる部分なのかもしれません。

考えれば考えるほど、この三人って面倒な連中に思えてきましたわ。
でもやっはり、一番面倒なのは首天皇、その人なのね。
これに更に面倒な脇役が絡んで来るんだから……ダメだなぁ、全然整理がついてないわ(/_;)
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