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では一昨日の続きなど……
『田原東陵』から、この『太安万侶墓』は割合に近く、自動車ならば五分とかかりません。
既に奈良時代の上級官人の御墓なので、時代に則して火葬が取り入れられています。
発見した茶畑の所有者は、多量の炭が出てきたので、それこそ戦前に炭を貯蔵していた穴でも見つけたのかと思ったそうですが、そこに金属の文字が刻み付けられた板が置かれていて、見た事のある名前があったために届け出て世紀の発見となったそうです。
この墓の模型と、実際に出土した『墓誌』は、橿原考古学研究所付属博物館で見る事が出来ます。
ここは河瀬直美監督の『殯の森』の舞台になって、チョイト有名になった所ですね。
こちらのカフェ、コーヒーは結構美味しかったけど、シフォンケーキはイマイチかな……御店の雰囲気や外の景色はとても良いのですけどねぇ(^_^;)
また、こちらの方へ来た時には別のケーキを頼みましょうっとσ(^◇^;)
ともあれ、来た時と同じ道を帰りまして、途中で道端の古墳の上のお稲荷さんにお参りをして来ました。
この『ベンショ塚古墳』は五世紀の前方後円墳で、測量した結果、全長が70メートル(周濠も含めれば106メートル)はあるそうですが、現在は前方部は殆ど分かりませんし、後円部は削平されているうえにお稲荷さんの祠まで置かれています(゜.゜)
確かここからは短甲や馬具が出土しているはずなのですが、主体部はどこに残っていたんだ??
『ホケノ山古墳』は『箸墓古墳』のすぐ東側、墳丘規模は80メートル、出現期のホタテガイ式古墳です。
あの辰砂(水銀朱)で真っ赤だった割竹形の刳り貫き式木棺を納めた石囲い木郭の発見で、一躍有名になった古墳ですが、相変わらず細い道を入って行かなければならないので、一寸行き難い印象の場所です。
調査中には何度か見に行ったのですが、実を言いますと公園整備の後には初めて行きましたσ(^◇^;)
夕方だったので、ご近所の方が犬の散歩に来ていました。
そういう訳で、再び御陵に寄って参りました。
こちらの御陵の古墳としての名前は『野口王墓古墳』、宮内庁では『檜隈大内陵』、通称は『天武・持統天皇合葬陵』です。
私は大抵、『野口王墓』と呼んでいます。
五段に築成された八角円墳で、鎌倉時代に盗掘された時の様子が『阿不幾乃山陵記』に記されている事が有名です。
メノウの切石で石郭が組まれ、漆塗の棺と銀の骨壷が納められていたとか云々。
江戸時代の初期までは石室が開口していたとも聞いています……
この古墳も周囲を一種する事が出来ますが、西の方から伸びている尾根の先端の最も高いところに作られているようです。
以前に石材が残っているのが見えると聞いた事があるのですが、今までに何度か周囲を回って見てみたものの、相変わらずまったく分かりません・゚・(ノД`;)・゚・
この辺りでそろそろ日没、三連休の最後の日とあって、奈良や大阪方面に向かって北上する車の列が、まだ続いておりました。
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