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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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神主舞以前にこちらかサブページかどちらかに、春日大社の和舞(やまとまい)は、三月十三日の『春日祭』と十二月十七日の『春日若宮おん祭』でのみ舞われると書いてしまったと思うのですが、実は何年か前から昭和の日にも奉納されているのだそうです。

そういう訳でして、今日は午後から春日大社に出かけてきました。
ちなみに午前中は橿原神宮に行きまして、『奉賛祭』で久米舞を拝見しておりました。
こちらはまた、項目を改めまして。

実は春日大社さんの方で、特別な講座(有料ですが)がありまして、そちらでレクチャーを頂いた後に、本殿の林檎の庭での奉納を直会殿(なおらいでん)の特別席にて観賞させて頂きました。

東遊の駿河舞……というやつですね。この日は和舞に続いて東遊(あずまあそび)も行われました。
例年は若宮社の方で行うようです。
この舞も『おん祭』には欠かせないものとなっていて、他の行事で舞われる事は滅多に無いようです。
東遊が稚児によって行われるのは春日大社のみだそうで、宮内庁や他の神社では大人の男性が舞人になっています。
東遊とは、元々は東国の風俗舞が寺社の楽所や宮中に取り入れられた舞なのだそうで、古くは平安時代の初めの貞観三(861)年に、東大寺での奉納の記録が見られるとか。
この時の舞人は近衛府の武官なので、当然ながら大人です。

諸司舞レクチャーによりますと、和舞には二人で行われる『神主舞』が四曲と、四人ないし六人で行われる『諸司舞』が八曲あるそうです。
春日大社と宮中に伝わっていたそうなのですが、応仁の乱以降に宮中では行われなくなり、1748年、桃園天皇即位の折に復興されたとの事です。
ところが当の春日大社でも寛正年間(1460~66年)に奉納が途絶えてしまい、唯一、冨田家にて伝えられていたとの事です。
こちらでの奉納の再開は、元治元(1864)年の古儀復興のおりに『春日祭』で行われたものだそうです。

採物には榊の枝と桧扇があります。今年は16時から本殿での奉納があり、18時くらいから若宮社で再び『和舞』の奉納がありました。
舞に先立って、本殿と若宮社での神事が行われますので、その関係で多少、時間が前後する事もあるのだと神職さんが言っておられました(^。^)

どちらでの奉納も神主舞が一曲に諸司舞が二曲ですが、曲目は異なっています。
頂いた目録に歌の詞が載っていたので、何とか聞き取れるのですが、これが無ければ何を言っているのか殆ど分かりません(-_-;)
そういえば以前に聞いた神楽歌も全然、聞き取れませんでしたわ……慣れているせいか、まだ謡曲の方が聴き易い(~_~;)

国風舞(くにふりのうたまい)は舞楽とは、曲も装束もかなり違った趣きです。
いつぞに御神楽(みかぐら)を見てショックを受けて以来、こちらに妙に傾倒しているうめぞーでしたm(__)m
では、次は橿原神宮の久米舞でも……
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