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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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明日香村の『檜前遺跡』の現地見学(説明ではない)会に行った後、橿原考古学研究所の公開講演会に行って参りました。
今年のテーマは『平城遷都』……(ーー;)それじゃ、来年は?
まぁ、そんな事ぁ、どうでも良いのですが、面白いような腑に落ちないような内容でしたわ。

具体的な内容は取りあえず置いておきまして、例えば平城遷都をトップで推進したのが誰かと言えば、たいていの人は藤原朝臣不比等の名前をあげると思います。
それは私も否定する気は毛頭ありません。
遷都の理由が、整備されつつある律令のシステムに見合わないものになりつつある旧都に替わり、新たなスタイルの都を必要としたというのは、概ね納得いたします。
ただ、何が合わずに、何を更に必要としたのか、この具体的な例が示されていないので、どう納得するべきなのかが良く分からないんですよ、私のような無知なやつには(・_;)

更にですよ、持統太上天皇が崩御し、文武天皇が病床の身になった時に“詔して遷都の事を議せしむ”とある背景には、太政官の首班ら、それも左大臣知太政官事を差し置いて、右大臣の藤原不比等が全権を乗っ取った結果……みたいな暴力的な事言われますとねぇ(@_@;)

いえ、右大臣の権力は認めますよ。
でも、この人への協力勢力はどの程度で、反対勢力との力関係はどんなものなの??
こういうところを納得しないと、私には腑に落ちない訳なのですよ。
研究者の方々から見れば、私のような与太な物書きは、能天気な絵空事を大風呂敷広げて、眉に唾して聞けと騒いでいるように思えるのかもしれませんが、ある程度物事を納得して書くには、それ相応のデータというのか、確信できる要因が欲しい訳なのですね。

それこそ30年も前には、藤原朝臣不比等という人は過小評価されていたと思います。
それを京大の上田先生がクローズアップしてから、研究者の方々も注目するようになって、かの梅原氏がセンセーショナルな説を発表してくれて、やや変な方向に過大評価されるようになったような気が致します。
かく言う私も、以前はこの辺に乗っかっていたので、人の事は批判できませんけれど……(-_-;)

ついでに言いますと、藤原仲麻呂辺りの計略に引っかかって(?)、不比等の父親を殊更に過大評価する動きも見えるのですが、本当にこの時期の藤原氏にここまでの力があったと簡単に納得して良い物なのでしょうか。
それじゃ、お前には皇権への過大評価がないのかと言われれば、こっちも否定できないんですよね。
嗚呼、我ながらなんちゅう優柔不断な……これじゃ、書ける話も書けなくなるぜ(--〆)
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