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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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天邪鬼のうめぞーが、諸所で今回の主人公に持たれているイメージを眺めていて、何となく思ってしまった感想です。
これってやはり、二十年近くも鄙に流されていた事と、帰京の後の妙に無欲にも思える後半生の史書の記述に因るんでしょうかね。
かく言う私も、確信を持てるほど『日本後紀』などの史料に当たっている訳でもないのですけれどね。

諸所に散見される仮定として、この人(今回もしつこく名前を書かない事には、大してポリシーはございません)と大伴家持が親密であった云々があるのですが、若い頃のこの人と父親の友人は果たして、どの程度の付き合いがあったんでしょうね。
この人は間違いなく、成人前に父親を亡くしています。
母親は白壁王の娘、つまりこちらの祖父母は皇族と倭史氏、父方の祖父は安貴王、祖母はさて誰でしょう……大伴氏という可能性が全く無い訳でもありませんが。
よほど無理をして考えないと、この人と大伴氏には親族関係がありません。
まぁ、若い頃に迎えた内室を大伴氏にする事も出来ましょうが……(ーー;)
要するに、成人前のこの人の最も身近にいた大人は、母親の親族だと思う訳ですわ。

京都市 藤森神社 090505この人と家持を結び付けるもう一つの要因は、御霊関係から来るんでしょうか。
まぁ、ぶっちゃけて申せば崇道天皇との関係ですわね。
伝承では、崇道天皇の御霊を大和に迎えたのは、この人だという事になっております。
崇道天皇を祀る上御霊神社の小栗栖氏にしても、藤森神社の藤森氏にしても、この人の子孫ですからねぇ……
そして、早良親王と呼ばれた頃の崇道天皇の春宮大夫が大伴家持、そういう訳でこの二人は盟友だ??それって安直に成り立つ仮定なの?????
皇太弟傅という訳ではなく、春宮という家政機関の長官なのよね。

この辺考えて、果たして上記の三段論法、本当に成立する訳なの?
もっとはっきりとした確証を私が見落としているだけ??
ようやく主人公に何とか辿り着こうとしているところに、またもや新手の障害(?)が出てきてしまいましたわ(~_~;)

ところで夕方、西の空が少しばかり赤かったけど、明日は雨は降らないのかしら?
もしそうならば矢田丘陵、行こうかしら……今日一日、史料相手に腐ってたし(--〆)
そんな事よりも、日本対オランダ、キックオフだわね!!!!!
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