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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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 何を言い訳するのかと申しますと、私は人が起こしたであろう歴史上の出来事については、こうも取れれば、ああも取れるし、こいつも捨てがたければ、あれも可能性は否めない云々と、パターンをひねくり回す事は割合に良くやります。
畝傍山夕景ところが……
恐らくは人の口から出たもので、勝手に独り歩きを始めて、収まるところは超自然的な意味合いに頼る……的な事件は極めて苦手なのかもしれません。

この一つが、称徳女帝が和気清麻呂に命じて、宇佐八幡宮に神託を聞きに行ったような事だったり、天平七年から九年頃に筑紫から畿内にまで蔓延した豌豆瘡と祟りの関係だったりします。
現代人だったら、新型インフルエンザが流行ったところで、誰の祟りだ怨念だなんて騒ぎやしませんからねぇ……(~_~;)

そういう訳で、ただいま悩んでいるのが宝亀八年の暮れに、井上皇后改葬して云々という太政官や宮内省の動きです。
八十過ぎた典侍や、大伴古慈斐が亡くなったのはさて置き、九月に藤原良継が六十二歳で亡くなり、十一月には天皇の不予が記されています。
そして十二月の末には皇太子が病気になり、出羽国での諍いの後に、井上内親王の墓をどうのこうの……という記事が続いています。

井上内親王の廃后事件に関しては、皇后がどういう切欠から何を行い、それを受けて天皇が、どのような命令を山部親王藤原式家の面々にだして、その挙句にどういう事が起こったのかは、私なりに考えております。
この時の山部皇太子にしてみれば、それを今更、誰に祟るのか……祟りたいのはこちらだ!!
大概にしろ、自意識過剰の被害妄想が!!!
とでも言いたい状況なんですわねσ(^◇^;)
何せこの御仁のポジションでモノを言えば、派閥の間の駆け引きとか、政敵を追い落とすといった類とほぼ変わらないのですからね(-_-;)

この時の山部親王は四十一歳(数え)、上代では初老の域に入って行くのでしょうが、官界ではまさに働き盛りという頃ですからねぇ、鬼の霍乱が半年続くって何なんでしょうねぇ(・・?
何か悪いものでも食べたのかしら……それとも何かの方便の為に、わざわざ病気を長引かせているのかな?
この辺、多少の理由は考えているのですが、やっぱり祟りだ触りだの類は、私の話には収まりの悪い要因なのかもしれませんわ。

藤原宮跡の蓮池そうそう、ここ最近、古本屋で買った『日本の怨霊』なんちゅう本を読んでおりました。
読み始めてから、ネット上でのレビューなどを拝見したのですが、やっぱり私と同じ事を思う人も少なからずいるんですね。
確かにピント外れ……この著者は民俗学の先生ですか。
以前に知人から、「考古学や民俗学は学問としての確立が未熟だ云々と史学屋から評された」という類の話を聞いた事があるのですが、ついこれを思い出してしまいましたわ。
この著書が小説的なアプローチとして、もしくはエッセイとして書かれていたなら面白いと思います。
でも著者といい、出版社といい、一応は学術書なのでしょう。
もしそうなら、これはないでしょう……図書館で借りれば良かった(ーー;)無かったけど
だって、根拠不明の前提が考察の半分以上を支配しているんだもの(@_@;)
この分野って、学問として認められていないって事なの、もしかして(?_?)
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