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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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相変わらず、天平宝字から天平神護年間の辺りを眺めなおしています。
この辺は以前書いた話のお陰で、かなり資料をそろえているつもりなのですが、モノによっては困ったくらい中途半端、おまけに何のために調べたのやら分からないモノもあって……(~_~;)
ちゃんと整理して書き出してあれば良いのですが、一番分からないのは、思い付きをその辺のコピーの裏紙などにメモしたモノ……(--〆)
この類に面白いやつがありました。
今回書き直そうとしている話ではなく、件の粟生江内親王と五百枝王の物語のモノですね。

**********
 
 治部卿は南家継縄を気の許せぬ者と評する。それはどこか皇家へのかすかな嫌悪を臭わせる南家には、至極似合っているとも見えて納得できる。南家は式家の百川を嫌っていたという。式家は常に叔父の背後にいた。(中略)南家も叔父に近づこうとしていた。しかし式家との決定的な差は、その手を汚す事をためらう態度にあったのだろう。
**********
 
このメモでの語り手は五百枝王です。
治部卿とは壱志濃王の事で、叔父とは言わずもがな山部親王というか天皇ですね、この時は既に。
これに良く似た記述が実際に書いた話にも出て来るのですが、語り手は粟生江内親王に変わっています。
そして治部卿宮が評している相手も、北家の小黒麻呂に変わっています。

藤原継縄は豊成の次男、北家の魚名や式家の田麻呂が亡くなった後に、やはり南家の是公と並んで藤氏の氏上クラスになった人で、延暦年間の始めには大納言になっていますが、出世は是公の方が少し早くて、この人が亡くなった後にようやく継縄は右大臣になれました。
内室は有名(?)な百済王明信ですね。
対する北家の小黒麻呂は鳥養の次男、この人の簡単な紹介はこちらに。
粟生江内親王は、この人が嫌いだと堂々と言っています(-_-;)

この頃って、東北経営に重大な陰りが見えた頃ですから、太政官の上位者も武官経験者が多いような気がします。
何せスメラミコトからして武官出身ですから……うめぞー的設定においてσ(^◇^;)
まぁ、どう転んでもこの御仁の話を書きたい事だけは変わりませんわね。
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