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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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今日、電車に乗って『続日本紀』(文庫版の全現代語訳の方です)を眺めていて思ったのですが、もしかして私は今まで藤原氏や他の氏族の葛藤に気をとられていて、割合に皇族出身官僚を軽く見ていたような気が致します。
ここでも再三に、聖武天皇は曽祖父が目指したような皇家中心の政治を復活させたいと考えていたと書きましたが、こいつが肝心なところで頭から抜け落ちているような気が致します。

うちの主人公どもは殆どが皇族かそれに准じるような存在です。
四六時中、皇家の誇りの云々と
わめいてほざいて一日が行くような様なのですが、こいつらが見ている相手は天皇その人の周囲と、藤家の為政者らばかりかも知れません。

天平宝字六年の後半には割り合い立て続けに、高官の死亡記事が見えます。
六月には尚侍(ないしのかみ)藤原哀比良、七月には前参議の紀飯麻呂、九月には御史大夫(大納言)石川年足、十月には讃岐守の大伴犬養、阿部太上天皇の義母の県犬養広刀自が薨去しています。
県犬養夫人の亡くなった半月後、太政官を始めとした中央の人事が発表されているのですが、ここに何人かの皇族出身官僚の名前が見えています。
三人の中納言の内の二名は、氷上真人塩焼白壁王なのですが、この二人はどちらも県犬養広刀自の生んだ内親王の伴侶です。

この半年前、阿部太上天皇は突然に出家を表明し、国家の大事と賞罰は自らが行い、大炊天皇は祭礼や小事を扱っておけと詔を出します。
太政官の人事が小事とはまず思えませんから、中納言の任命には太上天皇の意思が大きく関与していたと考えてもおかしな事はないでしょう。
太上天皇もやはり、父親以来の皇家親政を目指していたのでしょうか。
風前の灯の草壁皇太子の血筋に、志貴親王家、舎人親王家、新田部親王家、長親王家……表だって出て来るのは、この辺りの人々でしょう。
そして後に即位する白壁王の皇后となる井上内親王、この人は自分の息子(志貴親王系)は勿論、同母妹の息子ら(新田部親王系)にも期待をしていたかもしれません。

この時期の皇族官人の人事はどうなっているんでしょう。
あまり系統立てて調べた記憶がないので、殆ど頭に浮かびません……
とりあえず舎人親王の家の連中は追い払われているから、他の家の面子は如何にか?
こういうことを考えながらのBGMにこういう曲は似合わない(ーー;)
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