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天皇賞も終わったのに『藤森神社』にいったのかとお思いの方は、京都市伏見区のこちらの神社がどのような方々の厚い信仰(?)を請けているのかをご存知でしょう。
今日五月五日子供の日、あいにくの曇天でしたが『藤森祭』のクライマックスという訳で、朝から出かけて参りました。
チョイと情報検索を間違っておりまして、鼓笛隊や御神輿が神社を出るのは午前9時……私が到着したのは既に20分くらい(^_^;)
仕方がないから、それらの巡航コースの案内を頂いて『伏見稲荷神社』へとエッチラオッチラ、電車で参じる事と致しました。
三つの郷の御神輿が到着したのは11時過ぎ、その後に神事が行われました。
端の方で警備の方が、「お写真は語遠慮ください」と叫んでいたような……私も含めて、殆ど誰も聞いていない(-_-;)
鼓笛隊や武者行列、各郷の御神輿は、ほぼ一日をかけて町中を練り歩き、夕刻近くに神社へと帰って来る事になっています。
ちなみにこの『鼓笛隊』の画像は、16時くらいに神社へと戻って来た時のもの、既に雨が振り出していましたから、その後に戻って来る御神輿は大変だったと思います……私は雨に負けて、この辺りで退散いたしましたので。
さてこの日は『神幸祭』や『武者行列』もさる事ながら、もっとも人出を集める『駈馬(かけうま)神事』が午後から、境内の参道を馬場として行われます。
解説によりますと1200年も続いているとの事ですが、真偽の程は如何に……(~_~;)
こちらについてはまた改めて。
こちらの武者行列は、幟に『払殿(ほって)当町』とありますので、神社のHPの解説を参考にすれば、神功皇后の凱旋の時の有様という事になりますが……
この前の方にも、『朝渡』といって早良親王東征の行装を現している武者行列もいたのですが、う~ん(^_^;)
はっきり申しまして、『三嶋大社』の頼朝旗揚げ行列とあまり変わらないような……σ(^◇^;)
まあ、このような大鎧の武者が、現代の人たちには一番それらしく勇壮に豪勢に映りますから、悪くはないのかもしれません。
大人たちのみならず、子供たちも多数参加して頑張っている姿は、自然と頬が緩んでくるものですしねぇ(^_^.)
天気は何とか夕方までもってくれたし、まずまず楽しめたお祭でしたでしょうか。
とか何とか言いながら、初めて行って一人ではしゃいでいた“うめぞー”でしたm(__)m