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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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現場から朱雀門を臨む今日の奈良県下は曇り、もう少ししたら降り出しても不思議はないような空模様でした。

毎度お馴染みの世界遺産、平城宮跡にて第432.436.437次調査の現地説明会が行われました。
場所は第一次大極殿院、現在2010年に向けて復元再建が行われている建物と朝堂、それを取り囲む回廊の跡の調査です。
そういえば、先週の復元公開の様子、UPするの忘れてますね……気が向きましたら明日にでも(^^ゞ

この回廊は北側と西側以外は殆ど調査が終わっていまして、今回ともう一度の調査でほぼ完了するそうです。
ただ北面は現在、道路になっているのでどうなるのでしょう?

ともあれ、現場を見た時の第一印象は、残り悪いなぁ……
築地の基壇が殆ど残ってないじゃないの。
それなのに、あの掘立柱列は何なの?
高野槇は古墳時代には棺に使われる事が多かったそうです。このように柱根の残った物もあります。

実は第一次大極殿の回廊も、聖武天皇恭仁京遷都に伴なって解体されたようで、その後に掘立柱の塀を造り、更に平城還都の後に再び、回廊が造られたという経緯があるそうです。
その塀の柱がこいつという訳です。
掘立てとはいえ、直径が45センチもある高野槇の柱ですから、それなりに堂々とした物だったでしょう。

大極殿の乗る舌状大地から一段下がった谷間に当たるため、この場所は水の通り道のように地盤が悪く、柱の沈む事を懸念して、柱穴の底に(せん:タイルやレンガのように使われました)やを敷いています。

平城宮においてはシンメトリーと分かっている箇所は、東側だけを調査するのがコンセプトだったそうですが、ここ最近は事情が違って来ているとの事。
現在行われている大極殿の復元に続き、行く行くはこの回廊も復元する計画だそうで、丸ごと調査をしようという事になったのだそうです。
何でも復元すれば良いと言う物ではないでしょう……そのような言葉をよく聞きます。
ところが、元々何も無かったのだから、何も無いままにしておいた方が雰囲気が良いじゃない……という奇妙な発言も聞いた事があります。
そう言った人は、一体ここをどのような場所だったと思っているのでしょう?

ともあれ、復元よりも先にする事があるだろうに……とは、現場にも関わる有識者の言葉なのですが(-_-;)
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