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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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相変わらずの下手のパノラマ合成画像は、橿原考古学研究所による『飛鳥京跡苑池第8時調査』の南池調査区です。
日本書紀に見える『白錦後苑(しらにしきのみその)』かといわれて久しい苑池(えんち)は、渡り堤を挟んで南北二つの池に別れます。
北池からは更に北へ向かって80mに及ぶ水路が伸び、それが西に折れ曲がって飛鳥川に注ぐという形を取っていた事が調査で分かっています。

  ニュースでは、南池の全容が判明したと言っていましたが、今回の調査対象は池の北半分です。
南半分の詳細は、昨年の第7次調査で判明しています。
これらの調査で分かった遺構から作成したのが、上の画像の平面図や模型です。

 更には中島全体を検出し、そこから渡り堤との間の池の中に、柱列も見つかりました。
これにより、中島から池に張り出したテラス状の施設があったと考えられています。
左の二本がその施設に当たりますが、更に並行して二本の柱があった跡が有るようです。
この画像では分かり難いのですが、柱は途中から色が変わっていまして、常に水面の高さが一定に保たれていた様子も窺えます。
ちなみに右側は、堤に埋められている木樋で、ここを開閉する事で北池との水位を調整していたようです。

更に新聞報道などで言われていたのが、池の東側の段丘上に見つかった建物跡です。
二棟の掘立柱式建物と、南北方向の柵の一部が検出されていますが、いずれも浄御原期の遺構らしく正方位に乗っています。

 この辺りの地形は南から北、東から西に傾斜しています。
池の水は豊富な湧水で確保されているようで、排水は北に向けて行なわれます。
その水路の一部を今回も検出し、構造が分かるようになりました。
上下二段構造で、上段の幅は13m、下段の幅は6mになりますが、上下を分けるテラス部の構造が、西側と東側では違っています。
画像の奥が東側ですが、石を並べて階段を造っています。
西側は砂利敷きですが、階段はありません。

水路の西側の高くなった土地でも、建物跡が見つかっています。
ここは土を盛って整地してあり、今現在も川の側から見ると高くなっているのが分かります。

宮地は南東の微高知に建設され、ここは川の段丘を利用して造られた池のある庭園です。
三年前に史跡・名勝地に指定され、いずれは指定地を全て公で買い上げて、苑池の様子を再現した公園を造る計画だそうです。
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