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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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舞人の入場橿原神宮では、4月29日の昭和祭、11月3日の新嘗祭に『久米舞』を奏するということは、こちらでも再三取り上げています。
今年も29日の昭和の日の奉賛祭で、久米舞を拝見してきました。

内院の庭に並ぶ舞人『久米舞』という言葉が最初に見えるのは、どうやら『続日本紀』のようで、天平勝宝元年十二月二十七日、東大寺大仏建立に先立ち八幡神が入京した時に、女帝、太上天皇、皇太后が東大寺に行幸し、この時に“大唐、渤海、呉の楽、五節田舞、久米舞をなさしむ”と見えています。

途中で抜刀します。続く天平勝宝四年四月九日、毘盧舎那仏の開眼供養の時にも、“王臣諸氏の五節、久米舞、楯伏、踏歌、袍袴等の歌舞あり”とあるので、この時にも行われています。

大伴氏と佐伯氏がこの舞を勤めたようで、大伴氏二名が弾琴、佐伯氏八名が大刀を持って舞ったと、職員令の雅楽寮に関する古記録に見えているようです。
ちなみに現在、橿原神宮では四人の舞人によって舞が行われています。


抜刀する舞人朗唱される歌詞は、『日本書紀』の神武天皇即位前期にみえる『久米歌』です。

菟田(うだ)の 高城に 鴫(しぎ)わな張る 我が待つや 鴫は障(さわ)らず いすくはし 鷹(くじ)等障り
前妻(こなみ)が 肴(な)(こ)はさば 立稜麦(たちそば)の 実の無けくを 幾多聶(こきしひ)えね
後妻(うはなり)が 肴乞はさば 斎賢木(いちさかき) 実の多けくを 幾多聶えね


5a169c41.jpeg『参入』から『揚拍子』にかけて、この部分が歌われているようですが、何度聞いても良く聞き取れませんσ(^◇^;)

この後に舞人は抜刀し、和琴の音だけにあわせて大刀を打ち振るいます。
大刀を鞘に収めた後、『伊麻波予』が歌われ、舞人は四人並んで袖をひるがえして舞います。

今は
よ 今はよ ああしをや 今だにも 吾子よ 今だにも 吾子よ

退出する舞人らこの歌詞は、この部分から『退出』にかけて歌われるのですが、やはり全体的に聞き取れません……(-_-;)

神武天皇即位前期には、これらの歌以外にも『久米歌』とされる歌が出てきますが、どうしてこれが選ばれたのか良く分かりません。
いずれにしても現在、宮内庁や橿原神宮で行われる『久米舞』は江戸時代に復興したものだそうで、古記録に見える舞や歌は、室町時代に廃絶してしまったという事です。
 
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