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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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振鉾一節私は舞楽の類は20年以上見ておりますが、こちらの具体的な知識となりますと、正式に勉強をした事がないためはっきり分からない事も多いので、もしかしたら間違っているかもしれません……という前置きの言い訳をまず陳べましてσ(^◇^;)、チョイト解説なんぞ。

現在、畿内だけにとどまらずあちらこちらで寺社などが中心となって、祭礼のためなどに楽所を置いているようですが、江戸時代までは幕府の管理の下に『南都楽所』、『天王寺楽所』、『京都楽所』の三方楽所が置かれていました。
これが明治時代になって幕府の援助が受けられなくなりますと、それぞれの楽所の人たちは東京に行き、現在の宮内庁雅楽部に所属する事になり(勿論、リストラも行われているはずですが)、奈良も大阪も京都も活動があまり出来ない状況となってしまったようです。
しかし奈良と大阪は、中心となる春日大社四天王寺で今現在も、盛んな活動を続けています。
本来の南都楽所は、こちらの『氷室神社』に本拠があったそうで、それを受けてここでも『南都晃耀会』という組織を結成して活動を行っておられるそうです。

万歳楽延喜楽

では、昨日の続きでも。
19時前くらいから舞楽が始まりましたが、最初はセオリーどおりに『振鉾(えんぶ)』が行われます(時間の関係か、三節目は省略)。
そして続いて左方平舞の『万歳楽(まんざいらく)』、左の写真ですが、この楽所では女性ががんばっておられるようで、一臈以外は女性でした。
続いて番舞(つがいまい)になる右方の『延喜楽(えんぎらく)』、題名の通りに平安時代に日本で作られた舞です。

賀殿登天楽

そして次が『賀殿(かてん)』なのですが……この画像を見る限り、『万歳楽』と見分けがつかない??
今までも二度ほどこちらの楽所の『賀殿』を見ているのに、どうして気がつかなかったのか我ながら不思議でたまらないのですが、今回見ていて、舞人が舞台に上がった時、
「何で両袖脱いでないの、賀殿なのに?」という疑問が真っ先に出てきてしまいました。
他の楽所と装束の着方が違うんですよ、つまり。

こいつは番舞の『登天楽(とうてんらく)』にも言える事でして、四天王寺の『雅亮会』などでは右袖を脱いだ姿で舞っていますが、こちらや春日大社の『南都楽所』では脱いでおりません。
まあ、楽所によってさまざまな箇所での違いは、往々にしてある物なのだそうで、それを明治維新以降の宮内庁では、統一させるのに一苦労あったと聞いた事があります。

では明日以降は、走舞(わしりまい)なんぞを……しつこく続く(゜.゜)
 
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