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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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『奈良ひとまち大学』でにゃら町(奈良町)の散策をした後、東大寺の金鍾ホールでの講演会に行って参りました。
にゃら町の事は、いずれゆっくりと散策して、何か記事を上げたいと思っております。
もっと色々、面白い物が探せそうなので(^_^)v
ちなみに画像は、マルシェ会場にいたせんと君と観光客の妙齢美人。
女性の顔が映らないようにと写真を撮ったのですが、チョッとこちらを向いてしまいました……(゜.゜)

どうでも良いけど、生せんと君さて、東大寺での講演会は、三年計画での法華堂の須弥壇修復に伴う報告の一環でして、今回は修復の経過を編集した画像で見せてくれた後、本尊の不空羂索観音像の宝冠の非破壊調査に関する報告が行われました。
非破壊検査と申しまして、主に玉類がメインになるのですが、この殆どはガラスです。
そしてガラス玉の殆どは鉛ガラスだそうです。
ガラス以外では、硬玉、瑪瑙、水晶、琥珀、真珠などが使われ、それを繋いでいるのは銀製の針金で、前の部分につけられた化仏や金具なども銀製鍍金(アマルガム法による)です。

飛鳥池工房での出土品などにも見るように、律令期には官営工房でガラス球程度の物は量産されていたようです。
日本の古代のガラスと言いますと、ペルシア・ローマ系のソーダガラスと、中国系の鉛ガラスに分かれると思いましたが、奈良時代くらいの製品は、輸入品でない限りは鉛ガラスのはずですから、宝冠の玉が鉛ガラスである事は、至極当たり前に思えます。
そうしますと、どうしてわずかながらソーダガラスが含まれるかが、問題となってきます。

これは伝世品と考えるのが妥当なのかもしれません。
ソーダガラスが現れるのは主に古墳時代、この時代の物と考えられる玉類として、硬玉の勾玉と水晶の切子玉が宝冠に使われています。
報告者の先生方は特に示唆されていなかったのですが、東大寺(というよりも金鍾寺)建立よりも以前、平城宮を建設するに当たって、あの辺りの前期古墳を幾つか削平していますから、その主体部から出土した玉類がどこかに保管されていても、全く不思議ではありません。
この可能性は随分以前から言われていまして、決して斬新でも何でもないのですが、今回の調査で科学的に素材や成分が分かった事で、更に可能性が強くなったのかもしれません。
誰もこれを言わなかったのは、美術史と科学の専門の先生だったためでしょうか?
考古屋でもいたら、絶対に言いそうな気が……σ(^◇^;)

ところで下げられた勾玉の内に一つだけ、水色のガラス製(1/3くらい欠けてます)の物があるのですが、これはどちらのガラスだったのかな……ちゃんと聞いていなかった(~_~;)
ところでどうして、ガラスに鉛だのソーダ(炭酸ナトリウム)なんぞが混じるかと申しますと、珪砂(石英砂)の融点を下げるための触媒なのだそうです。
どうも、こういう理系の知識に疎くていけません(・.・;)
 
法華堂や諸尊の修復はこの後、来年の春まで続き、初夏には再び御堂に御本尊を始めとした仏様が戻って、修復完了の法要の後に拝観が再開される予定との事でした。
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