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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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何やら濃~~いパネリストの先生方(@_@;)馬場南遺跡と言えば、木津川市で今年の一月に『神雄寺』という名の寺院跡とおびただしい灯明皿、そして万葉木簡が出土した事で一躍話題になった遺跡です。
発掘を担当したのは京都府埋蔵文化財調査研究センターと木津川市教育委員会です。

そのシンポジウムがどういう訳か、向日市で本日(とっくに昨日)行われました。
タイトルは
『木津川市馬場南遺跡が語るもの―神雄寺と万葉歌木簡―』
基調報告が京都府埋文センターの伊野近富氏、特別講演が京大名誉教授の上田正昭先生、さらに京大の上原真人先生、奈良大の上野誠先生、ここに司会で京都産業大の井上満郎先生ときますので、思いっきり濃いです(@_@;)

各先生方の報告などは取り敢えず省略しますが、ポイントは多分三つ、この『神雄寺』と左大臣橘諸兄、さらには光明子皇后との関連、更には出土した『歌木簡』の使用方法や法要における歌の役割、そして出土した三彩の『山水陶器』の使用方法というところでしょうか。

ちなみに『山水陶器』は、現地説明会に伴う記者発表の時には『須弥山』とされていましたが、形状を復元してみると山というには少し低すぎ、もしかしたら『潅仏会』の時に誕生仏を配した装置だったのではないかと、上原先生が発表をされていました。

この遺跡の場所は昔でいう所の相楽郡、ここは『続日本紀』などに見えるように橘朝臣諸兄の本拠地の可能性が大きく、この寺の造営には諸兄が大きく関わっている事は恐らく間違いないだろうとの話が展開され、諸兄の異父同母の妹である藤原光明子との関連も少なからず窺えるのでは云々。
橘氏の氏寺と言うと『井手寺』が知られるけれど、この『神雄寺』もその可能性がある、もしかしたら諸兄の『相楽別業』とは、この寺の前身になる可能性も無きにしもあらず。

この辺りの事は、考古資料には具体的に文字などとして現れていないのですが、文献資料や伝承などの類との相互比較により、可能性を決して否めないとの事でした。
確かに一つの事を検討するにしても、グローバルな分野へのアプローチは必要と、ここ最近では富に言われるとおりです。

ついでに上原先生が“私はガチガチの考証学者ではなくて、若い頃からロマンに心惹かれるような柔軟性も持ち合わせているんですよ”と言うような事を言われていましたが、文献史料にしても考古資料にしても考証を加えてこそ、ロマンも広がるものなのだと私は思っています。
小難しい事はパスして、思い込みとか上っ面の奇麗事を口角に泡飛ばして語られても、やっぱり納得はできませんからねぇ……学者は得てしてロマンチストだと思う次第です。
と、最後は戯言で終わるのでしたσ(^◇^;)

この後、奈良市で高円山の大文字送り火やら、東大寺大仏殿の万燈供養を見て来たのですが、この辺はまた改めてm(__)m
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