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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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“はしぞー”たぁ、誰でぃ?
うちの『黒詫介』も殆ど終わってしまいました。
これはまだ、咲き始めた頃の写真。

一緒に写っているお猫様は、いつもうちの周辺をウロウロしているオス猫です。
鈴付きの首輪をしているので、着たらすぐに分かるのですが、うちの猫達からはとても評判が悪いようで……お蔭で、車のキーに下げてある鈴の音にまで反応してくれます。
シマコよりもウメナさんが嫌っているようです。

名前が分からないので、私は勝手に『はしぞー』と呼んでいます。
他にもキジトラの『たいぞー』と、白黒の『けんぞー』がやって来るのですが、こいつらは私の顔を見た途端、脱兎のごとく逃げて行く(ーー;)
その内、また別のオス猫が来たら『ともぞー』にしてやろうかしらね(~_~;)

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金曜日に熱が出たせいなのか、この神事の事が頭から飛んでいたようで、我ながら信じられないけれど奈良市内についてから思い出して、春日大社に向かったという状況です。
まだ夏でもないのに、何とかしかひかない風邪を引いてしまったようですわ……脳炎にでもなってるんと違ゃうんかε-( ̄ヘ ̄)┌??

林檎の庭にて
橿原神宮で拝見してから、もう少し勉強しようと言ったのは一体誰なのでしょう……相変わらず無知のまま(+_+)
それでもこの類は私には、結構目の保養です。
そう言うには、やや何とか系の男性ばかりの写真ですが……(ーー;)相変わらず失礼な奴です。

この日は少し風がありましたが、昨日までの雨も上がって暖かく良い天気となりました。
それにしても林檎の庭は少し狭くて、数人の射手しか並ぶ事が出来ません。
しかしかなり近い距離で拝見させていただきました。

神杉の元で
丁寧な解説もあったものの、やはり基礎知識の欠落が決定的、それでもどのようなところに注目するべきなのか、少しくらいは分かりましたか。
まぁ、舞楽なども見るだけなら四半世紀見ていて、少しくらいは詳しい類になりましたから、知識だけはねぇ……

一番印象的で面白いと思った事が、こちらの流派では主たる物は左手に持つという事。
これを大昔に習っていた居合道でやりましたら、即刻怒られます(~_~;)
何せ獲物が刀なので、左手に持たれたら、すぐさま右手は柄に掛かる……御主、私に喧嘩を売っておられるのか?!という状況になります。
いきなり「チェストー!」(何故、示現流?)と来ても知らんぞ……という事になります。

(゜.゜)、弓道はともかく、また何十年かぶりに居合道、習いに行きたくなったこの頃です。
もしもそうなったら、居合刀や道着の類の初期投資も必要だけど、全くの一からやり直さなけりゃなぁ……正座すら忘れてるわ(T_T)

旧ブログで探していた記事が出て来たので、とりあえずこちらにリンクを貼り付けておきます。http://umezo.bakeinu.jp/entry/30485/

大宇陀の桜
例によって、ここ何日か更新をサボっていました。
その間に、昔々書きました戯言に大層勿体無いコメントを頂いてしまい、ますます身の縮む思いです。
でもネットはある意味凄いですねぇ。
こういう形で、気になっていた方から声をかけて頂けるとは……

ところで、何でサボっていたのかと申しますと、とても明快な理由として、風邪をこじらせて、半分以上思考が死んでおりましたσ(^◇^;)
22日に休みをもらってちょっくら出かけたところ、その先で雨に降られて、元々風邪気味だったのがかなり凄い状況になりまして、土曜日は頭の中がこの世にはないような状況でした( ̄▽ ̄)。o0○

それなのに今日(あっ、既に昨日だ)は晴れたので遊びに出かけまして、予定と違った行動を取った挙句、かなり興味深い行事を拝見し、それにも拘らずとても低いレベルで腐っておりまして、電気ブランをハイボールにして引っ掛けて、再び頭の中が明後日の方向に出かけておりましたε-( ̄ヘ ̄)┌

自分で書いていて、とうに酔いも醒めたはずなのに、思考レベルはかなり低いです……
とりあえず、神事で写しまくってきた写真でも、パソコンに出してみましょうっと。

和林檎の花
春日大社の林檎の庭で和林檎の花が咲いていました。

では「指定バトン」参ります(~_~;)

指定バトン 

※指定者以外は絶対にやらないで下さい。いつ回ってくるかのバトンなので
※回してくれた人から貰った『指定』を『』に入れて書いて答えること 

 
指定【白壁王もしくは山部親王

今日は【山部親王】でまいります……山部王じゃないのね(^^ゞ

◎『山部親王』ってどんな人?

天平九(737)年、白壁王と倭史新笠の間に生まれました。
私の設定では冬の生まれ、次男坊です。
同母姉は四つ年上の能登内親王、同母弟には十三歳年下の早良親王がいます。
異母兄とされる開成親王は大阪府箕面市の『勝尾寺』の開祖として知られていますが……
異母弟で一番有名なのは、他戸親王(母は井上内親王)ですね。
あとの兄弟は省略σ(^◇^;)
子供はとにかく多いから省略……
『続日本紀』に最初に出てくるのは無位から従五位下に叙位された天平宝字八年。
宝亀元(770)年に父親の白壁王の即位を受けて、従四位下侍従に取り立てられ、その後に四品親王に宣下され、翌年には中務卿となります。
そして宝亀四年、異母弟の他戸親王と井上内親王を除いて皇太子となります。
この後はWikipediaでもひいてください、『桓武天皇』で( -」)φ

◎『山部親王』との関係は?

はい、うちの遠~~~い御先祖様です、しつこく言いますと(゜_゜)

◎『山部親王』のこと好き?

はい。でも『山部王』の時の方が好きかも。
やっぱり開成親王が好きσ(^◇^;)

 
◎『山部親王』って何歳?

え~と、今年で満千二百七十四歳です。
ちなみに享年は七十歳。

◎自分の誕生日に『山部親王』はなにをくれた?

まあ、何もくれませんって。
私も何かもらいに行こうという気もありませんしね……何処へ(・・?

◎最近思う『山部親王』

うちで一番のいじられキャラです、多分。
この御仁が父親と違うところは、若い頃から自分の腹黒さにしっかり気付いているところですか。
何せ物心着いた時には、父親は中務省や造宮省で高官相手に渡り合っていましたから、そのやる事成す事を結構身近で見ておりました。
父親が政界に復帰した時には、既に内舎人として官界に出ておりましたので、その切っ掛けとなった政変や裏でのスッタモンダにも巻き込まれているようなものですわ。
おまけに伯父の湯原王は皇后派の大物の一人、この家の連中は嫌でも皇家を巡る陰謀にどっぷりと首まで浸かっております……(@_@;)
こりゃ、性格曲がらない方がおかしいわ、絶対に……(+_+)

◎こんな『山部親王』には感動

後世の眉唾的な文書によって、「悪いのは全て藤原氏です」というような事になっておりますが、この御仁も正真正銘、立派な悪党です。
必要とした地位も立場も人材も、もぎ取って行きました、間違いなく自らの意思で。
もしも高野女帝(称徳天皇)が自ら白壁王を皇嗣に指名したのなら、次の意図は他戸王のような子供ではなく、侍従(私の設定では、宝字八年から従事してます)として堂々とのさばっている山部王にあったのではないかと勝手に思っております。
その根拠は、即位した後を見よ……( ̄▽ ̄)。o0○
繰り返しますと、この人は誰よりも悪党です(-_-)

◎こんな『山部親王』には失望 

やっぱり晩年?
ついでに言えば、その辺の話でしつこく尚侍と浮気しているように書かれてるところかね?
英雄、色を好むってキャラクターじゃないんだが、私のイメージじゃε-( ̄ヘ ̄)┌

◎好きな『山部親王』

何度か書いていて、どの御仁にも共通するのですが、やはり若い時の方が書きやすいです。
この人の場合は二十代後半くらいの頃ね。
嫁さんやそちらの家族にイマイチ頭が上がらなくて、父親や伯父の官界での暗躍にも翻弄されて、挙句は女帝を始めとした為政者らにいつも目を着けられていて、更には年上の部下達から密かにからかいのネタにされていて、気の休まる場所がありやしない……泣き言は常に唐律招提の異母兄の元で・゚・(ノД`;)・゚・

◎嫌いな『山部親王』

その辺の小説に出て来るエロ爺ぃ……

◎この世に『山部親王』がいなかったら

京都は『千年の都』などと威張れません( -」)φ
だからって替わりに奈良がそうなっているかは疑問ですけれどね。
源氏も平氏もいないから、東大寺の大仏は別の形で倒壊して、別の形で再興されたかな?
まぁ、奈良時代後期から今日までの歴史が、全く違うものになっていたところで驚きませんわ。
だって、私もいない事になるんだもの( ̄▽ ̄)。o0○

◎もし『山部親王』に告白されたら?

「まず知らねばならぬのは、現地の状況がどうなっているかです。陸奥からの連絡が入るのに早くとも七日はかかりましょう。その時にどのような報告がされようとも、速やかに対処できるように、こちらも万全を期さねばなりませぬ。恐らく更なる兵力の増強も要請されましょう。しかし、その兵力を集結させるのに何処に要請をし、どれ程の時がかかるかです。中心となるのはやはり関東の兵力となれば、そちらに誰を使わせましょうや。恐らくこれを期に軍閥の輩が首をもたげて参りましょう、いや、それだけではなく、起死回生を望む藤北家も這い上がって来るやも知れませぬ。このような者らに気を奪われていては、北の彼方など見えもしませぬ。今は天皇も御病で御気が萎えておられる、ここでこそ御身様が最前に立って諸臣らに号令をかける時にございましょう」

(゜.゜)、私ゃ戦術センスは皆無だから何をどうしたら良いのか、殆ど分からぬぞ……
山部親王が皇太子時代、東北経営の片腕は内道場にいた親王禅師なんだよね、私の設定では。
で、皇太子は弟に何の告白をしたんだ?????

◎『山部親王』にデートに誘われたら?

「私は馬にも乗れませぬし、弓も不得手ですから、鹿など絶対に仕留められませぬな。まあ、薬草でも摘んでおけと言われれば、それくらいは致しますよ。で、今年の薬狩りはどちらで行われるのですか」

この御仁とデートといえば狩でしょう……

「坊主に殺生をさせる気か」 by 開成親王

◎『山部親王』とどこ行きたい?

「山背国の長岡村といいますと、あの辺りは秦氏の本拠地ではないのですか」
「既に式家と北家の中納言を遣わせてある。あの二人が良しなに取り計らうてくれよう」

乙訓の辺りは、奈良からアクセス悪いのよ……
一旦、近鉄かJRで京都まで出て、京阪か阪急に乗り換えなきゃならないし。

◎次に回す人 8人(『指定』付きで)

そんな無謀な事、言いなさんなって。
誰か回して欲しい方がおられましたら、是非とも名乗り出て下さいm(__)m

大宇陀にて坂の途中にあった家の見越しの桜です。

今日はもらったバトンに答えるつもりでしたが、朝から喉が痛い、鼻がグズつく、背中から肩がやたらダルイ、何となく熱っぽい……風邪のひき始めです。
そういう訳で早めに寝ます。
何せ明後日は、またも余り気味の有給をもらって法隆寺に行き、日曜日には春日大社に用事と、相変わらず遊びまわる予定なので(~_~;)
ちなみにゴールデンウィークも近所で遊びます。

29日の橿原神宮『奉賛祭』で『久米舞』を見て、午後からは春日大社の『和舞と東遊』
30日は今のところ大阪OMMの『石ふしぎ大発見展』もしくは平城宮跡で『平城天平祭』
5月1日は氷室神社の『氷室祭』夕方からは『氷献灯』
2日は仕事……(ーー;)
3日は下鴨神社『流鏑馬神事』
4日は未定、夕方からは薬師寺『最勝会』
5日は春日大社『萬葉雅楽会』
昨年と殆ど変わらないって……σ(^◇^;)
大宇陀にて、満開の枝垂桜
ロングで写しているので全く大きさが分かりませんが、又兵衛桜に匹敵するほどの見事な枝振りの枝垂桜です。
場所はやはり大宇陀の本郷地区、旧家の敷地内に立つ古木が誇るほどの花を枝一杯に着けていました。
満開をわずかに過ぎて、風が吹けば少しずつ花弁が舞って行きましたから、昨日から今日の雨を受けて、かなり散ってしまったかもしれません。

花守の白犬
桜の下には、しっかり花守がおりました。
庭には進入禁止です、勿論。

この辺りには旧家が多いようで、良い天気につられてフラフラと散策をしていると、あちらこちらに桜に限らず綺麗に花を咲かせている木がたくさん見られました。
桜も染井吉野、枝垂れ、山桜、八重と種類も豊富で、どれをとってもほんの何年か前に植えたとは到底思えないほどの立派な木が多かったです。

さて、平野部の染井吉野は、ほぼ葉桜となっていますが、高田川のでも飛鳥川でも堤の並木では、まだ健気に咲き残っている枝もあります。
しかしこれからは八重桜の時季となり、それが終われば躑躅や藤が見頃となって来ます。


と~こ~ろ~で~、もらったバトンのもう一人も、そろそろ答えますかね、明日あたりにでも(~_~;)
まあ、あの連中は花より実を取る方だわね( -」)φ
少し遠望して超ベタな写真ですみませんm(__)m

大宇陀の本郷の又兵衛桜をネットで検索かければ、いくらでも麗し~い画像が上がって来るので、こちらは昼間に写した適当な写真でσ(^◇^;)

週の半ばまで全く見に行く気のなかった桜ですが、リンクをたどっていて偶然に見た二輪派の方のブログに、面白そうなログハウスの喫茶店が紹介されていまして、何となく行ってみたいなと思い始めたのがきっかけです。
その喫茶店の御主人が、又兵衛桜の少し上にやはり大きな枝垂桜があると話しておられましたので、その通り道にあるここもついでに寄って来た次第です。
奈良を代表する銘木の桜をついでとは、フザケタ話です(ーー;)

そちらの桜は、旧家の敷地にあり、斜面に開けた集落の細い道を上がって行かなければならないので、地元の人たちの迷惑にもなるため、車で行く人には教えないで欲しいと言われていました。
次は、その桜でも上げましょうか……私が紹介しても多分、人は増えないだろうし(-_-;)
北向地蔵尊の白山桜
大宇陀(現在は宇陀市)の桜の古木といいますと、本郷地区の後藤屋敷跡の大枝垂桜――又兵衛桜がやたらに有名ですが、そこから歩いて数分もかからない所に渋く咲いているのが、この白山桜です。
根元に御地蔵様の御堂が鎮座しているので、『北向地蔵尊』の桜と呼ばれているようです。

又兵衛桜には十年近く前に行って混雑具合に懲りたので、ほとぼりが冷めるまでは行かない!などと騒いでおりましたが、全く明後日の方向からの関連で足を伸ばして見に行く事に致しました。
そして桜に近い駐車場は有料なので、少し離れた公共施設の駐車場に車を置きまして、春爛漫の宇陀の里を散歩がてらに向かう事としました。
その途中に満開の花を着けていた古木がこの桜です。

この辺りは旧家も多いようで、それぞれの御宅や周辺にも、これは凄いと唸りたくなるような桜の木がたくさんあるそうです。
そのような花を少しばかり眺めて参りましたので、折を見てボチボチとあげて行きますか。
バトン回してもらって答えるのって、結構好きだと言ったところ、またもや『38社』のイナリ様から頂いてしまいました。
それにしても、今まではどのような人たちが回答しているのか、歴史上の人物ではあまり適正ではない内容のような気がしないでも……
ローズマリー画像は内容と関係なく、挿し木で着いたローズマリー。



指定バトン 

※指定者以外は絶対にやらないで下さい。いつ回ってくるかのバトンなので
※回してくれた人から貰った『指定』を『』に入れて書いて答えること 

指定【白壁王もしくは山部親王

そのような訳で、とりあえず今日は【白壁王】で答えて、明日以降に【山部親王】で答えてみましょうか。
どっちにしても、こっぷざけた内容になる事は間違いありませんがσ(^◇^;)

◎『白壁王』ってどんな人? 

和銅二(709)年十月十三日(勿論旧暦)、志貴親王と紀朝臣橡媛との間に生まれました。
同母姉に難波女王がいますが、他の同母兄弟は不明です。
母親は白壁王が生まれた年に亡くなり、父親も八歳で亡くしています。
私の設定では志貴親王家の末子、長兄の春日王の元で育ち、作者の気まぐれで二十一歳にして内舎人に任官し、摂津職、造宮省、中務省などに配属された後、とある事情で干されます(ーー;)
そして官界に復帰するのは五十を過ぎてから……
その後、天平宝字六年には太政官入り(それもいきなり中納言)、八年には大納言、神護景雲四年には六十二歳で立太子、同年十月に即位し、年号も宝亀に改めます。
在位は十一年、諡号は光仁天皇です。妻子に関しては省略……(~_~;)
在り来たりな事は、wikipediaでもひけば出てくるはずですよ(他力本願 ^_^;)

◎『白壁王』との関係は?

多分、遠い遠い御先祖様の一人です。
一応、うちの母方は桓武平氏ですから(-_-)多分(-_-;)

◎『白壁王』のこと好き?

はい。何せ、うちの主人公ですから、好きにならなけりゃ話になりませんって。

◎『白壁王』って何歳?

え~と、満年齢ですと11月の半ばくらいに、千三百二歳になりますね。
数えなら千三百三歳ですか……

◎自分の誕生日に『白壁王』はなにをくれた?

何もくれませんねぇ……別に私も要求した憶えないし(^^ゞ
くれるなら、誕生日まで待つ必要ないから、さっさとおくれでないかな……だから何を(・・??

◎最近思う『白壁王』

うちの登場人物は四十過ぎると漏れなく腹黒くなるようだけど、この人は三十代の内から結構腹黒いかも。
そもそも、この家の連中は本人だけがそれに気付いていないようで、官人仲間は勿論、家族も資人もみんな、
「うちの大殿は結構、図太く腹黒く大胆だ」と思っているはずですわ。
『続日本紀』には酒三昧に日々を過ごして昼行灯をやっていたような事を書いてあるけど、そもそも、この史書を編纂したのが、この御仁と息子の世代なのだから、その程度の誤魔化しなんぞ可愛いものね。
実の所、何やってたのかなんて、殆ど分かりませんわ。
もしかして……中納言になるまでは、チョッと記録に残すのを憚られるようなプロフィールの持ち主なのでは?
この辺りが、主人公に選ばれた一つの要因ですわね(-。-)y-゜゜゜

◎こんな『白壁王』には感動

天平宝字八年の乱(いわゆる『恵美押勝の乱』)の後、正三位勲二等……間違いなく何もしていない訳がない。
別に感動する事じゃないけれど、山部王よりも下の子供達って、ほぼ全員が四十過ぎに生まれているのよね。
この時を干されていた間に設定しているのだけど、一体どうしてこの時期に、井上内親王を始めとした女性らがこの人の周囲に集まってるんだ?
何よりも、聖武太上天皇は何を見越して、伊勢から退下した井上内親王をこの御仁に降嫁させたのか、同じ年代の浄御原帝系の二世王がいない訳でもないのに……この辺って、誰かまともに議論していたかしら?

◎こんな『白壁王』には失望 

既存の小説に出て来る、この御仁のキャラクターには大抵がそうなりますかな……
要するに何もしていない、棚から何とかで即位した、多分奥さんの御蔭さ、藤原北家や式家の言いなりだった等々……
こんな人を私が主人公に選ぶはずがな~~い<`~´>!!

◎好きな『白壁王』

宝亀三年から四年にかけての皇太子の入れ替え劇には、この人の意思がかなり大きいと私は勝手に思っています。
「この息子が生まれた時から、他の子供に後を継がせる事など考えた事はなかった」
案外、藤原式家や南家の面々も、この御仁と次の天皇に手玉に取られている側面があったのでしょうか。
やっぱり、こういうキャラクターでないと面白くない(^_^;)

◎嫌いな『白壁王』

だから、その辺の小説に出て来る、何もしていない人よ……

◎この世に『白壁王』がいなかったら

高野女帝(称徳天皇)以降の天皇が、全員変わります。
日本の歴史は、表に出てこなくても天皇家を常に中心に据えている部分が大きいため、この後の歴史がほぼ変わるでしょう。
日本の首都が金沢になっていても、長崎になっていても、浜松になっていても、八王子になっていても、はたまた橿原に戻っていても私の知った事じゃない、ってのか、そういう名前の都市があるのかすら疑問ね。
源氏も平氏もいなければ、藤原氏のあり方も変わって来るだろうから、歴史上人物の大方がいなくなっても不思議じゃないでしょうε-( ̄ヘ ̄)┌
あっ、私もいない事になる訳だな、そうなると(@_@;)

◎もし『白壁王』に告白されたら?

「なるほど、私とて微力ながらも御力添えは致しとう思うております。さりとて今の状況では、右にも左にも手を出すどころか、首とて廻らぬ状況です。せめて自由に身動き出来るだけの官位や官職が必要となりましょう。いえ、私とて手を染める事を厭わぬ訳ではありませぬ。大殿とて御分かりになりましょう、誰もが無傷でこれを成し遂げようなどとは思うてはならぬという事を」

……って、私ゃ、一体誰なんだ??(@_@;)??(~_~;)??(?_?)??

◎『白壁王』にデートに誘われたら?

「既に私も一蓮托生、逃げも隠れも致しませぬ」

……だから、私ゃ、この御仁と何をする気なんだ??(゜.゜)?(=_=)?( -」)φ??

◎『白壁王』とどこ行きたい?

「では明日の未刻、唐律招提の講堂に来よ。話は既に、開成にも如法師にもつけた。修行僧はおろか、寺奴とて近づけてはならぬと命じてある。この後の事、聞いておられるのは御仏だけとなろう、汝も心しておけ」

……で、息子の職場で誰と何を話し合おうって?(ーー;)?(-_-;)?(・_・;)?

◎次に回す人 8人(『指定』付きで)

相変わらず、ここにゃ誰も来ないから、回す人はおりませなんだ( -」)φ
誰かいたら返事をして下さ~~い!!

このようなノリで、明日以降には【山部親王】で答えさせて頂きますm(__)m
おまえは誰か
HN:
うめぞー
性別:
非公開
自己紹介:
明日は歴史作家!

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