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気が乗っている訳でもないのに、いささか強引に書き始めました……
既に設定がちゃんとしていない事が判明(ーー;)
一連の話につきものの、左京北一条第と左京四条二坊第の二つのお屋敷があるのですが、さて、今回の主人公はどっちに住んでいるんだ?
これから書く事は、あくまでも設定ですから、あまり深く追求しないように御願いしますm(__)m
北一条第は主をたどる事が出来るのですが、宝亀四年で曖昧にしているんですわ。
ここの最初の住人は志貴親王、次が長子の春日王なのですが、この段階で屋敷の規模はかなり縮小しています。
初代は親王ですから四坪の屋敷に住めたのですが、息子の代になって一坪占有の第になります。
そしてこれは三代目の白壁王に引き継がれるのですが、この御仁の即位が決まりますと、嫡子の山部親王がここの主になります。
この辺で問題……四条の第は市原王の屋敷です。
市原王の亡くなった後、未亡人と子供たちは実家に戻ります。
実家は件の北一条第です。
そして四条の第の住人は、白壁王の嫡男の山部王になるのですが、宝亀元年には再び子供の頃から過ごした北一条第に戻る事になります。
では、四条第に住むのは誰?????
市原王の子供たちは、まだ成人してませんしねぇ……
まぁ、この時代の京内の住宅地は、あくまでも官有地ですからねぇ、相続云々を心配する必要も無いのでしょうけれどね(-_-;)
このところまた寒いので、引っ付いて寝ています……あの~、布団を上げたいんですが(-_-;)
ウメナさん、真っ黒で分かりませんが、一応前を向いています(^^)
ウメナさんは十歳、先日も何処やらから姫ネズミか萱ネズミみたいな小さなネズミを捕ってきて、よりによって部屋の中で遊んでおりました。
そして、動かなくなると、そのまま放って置いてくれましたので、毎度の事ながら私が片付けました(/_;)
少し前にトカゲを捕ってきまして、部屋の中でエキサイトしておりました。
もう動かないってのに、放り上げて遊んでおりました。
昨年に引き続いて、今年も爬虫類専門でやってくれそうです。
これは昨夜に、久々につけたホットカーペットの上で寝ていた時の写真。
『謎のバンザイ……』です。
お腹の毛が薄いのは、手術の痕で、まだ生え揃っておりません^m^
何やら書いておりますと、任官や叙位をはじめとした人事関係をどう考えて良いのかが、常に疑問に思えてくるんですよね。
研究者の著述を読みましても、どうもこの辺が曖昧のようで、基準を平安以降の例に求めて強引な考証をしているような気がしてならないんですわ。
本当に困るのが、途中で出来たような令外官ですね。
奈良時代を通してみても、こいつがコロコロと名前や職掌を変えてくれますから、平安時代になったらかなり変化している場合が少なからずあります。
特に武官……舎人や衛府関係ですね。
さて、そろそろ奈良時代も最晩期の事でも書こうかと、少しずつ頭の切り替えを始めております。
年号は既に延暦。
珍しく主人公は、妙に色気づいております。
こいつを感情の赴くままに動かそうなんていう気は、作者には更々無いので、彼の恋心は全く実る事はなさそうです。
だって、いつものように胡散臭い展開が待っているんだもの……宝亀年間以来の東北経営の行き詰まり打破もあるしねぇ。
本当にこの話、形になるのかしら(・_・;)
ともあれ、上の画像は遷都1300年祭で行われている、衛士による朱雀門閉門の儀です。
もう一つついでに……こちらのブログ、新たに『拍手』の機能が追加されたらしいので、設定してみましたが、どうしたら拍手を貰ったかどうか分かるんだ?
全然、分かっとらんな、我ながら……(-_-;)
まぁ、分からなかったら、そのうち取っ払うけどね。
全記事にくっ付いてるのが、かなりうざったいしねぇ(八王子弁でした)
群れ咲いているのでアジサイ科なのかと思いきや、スイカズラ科なので甘い芳香を周囲に漂わせています。
この花の名前は『瓊花-けいか-』
唐招提寺に、中国の揚州から送られた大きな木があるのは有名です。
この花は法華寺に咲いていました。
かつては、唐招提寺と皇居にしかないと言われていましたが、挿し木などで増やせるためか、割合にお寺などで見かけるようになりました。
こちらは『黒花蝋梅』もしくは『アメリカ蝋梅』、北アメリカ原産の蝋梅だそうです。
春先に咲く、薄い黄色い良い香りのする可憐な蝋梅とは対極的に、クールというかドライな印象を受けます。
さて、こいつに香りはあったかしら?
殆ど記憶に無いところから、やはり香らないのかな?
法華寺のお庭は、尼僧門跡寺だけあって、清楚で奥ゆかしい印象を受けます。
ツツジはそろそろ終わりかけ、他には杜若がこれから盛りとなるみたいです。
今更ですが、『平城遷都祭2010年』の最終日に行って参りました。
今年は『遷都1300年祭』の一環で行われるから、ちょいと敬遠してたのですが、やっぱり行く気になってしまいました(~_~;)
実は昨日に法華寺で『光明皇后1250年遠忌』の結願法要があったのでそちらに行き、14時過ぎくらいから歩いてすぐの平城宮跡も覗いて来ました。
それが思ったほど混雑してないんですよね。
特に東院庭園や第二次大極殿院の方は、いつもの休日と大して変わらない人出です。
そういう訳でフラフラとして、半分くらいは見て来ましたかね。
要整理券の『平城京歴史館』も、『第一次大極殿』もクリアしましたわね。
割合に面白かったので、気が向いたら、梅雨に入って客足が途絶え気味になった頃、もう一度行こうかしら。
それにしても、広いが取り柄だけあって、何とも間が持たない会場ですわ。
これで遷都祭が終わって、朱雀門広場での催しがなくなったら、南側はかなり寂しい事になるのかも??
とか何とか、要らぬ心配をしながら、今日も昼前くらいに出かけてみました。
そして上の画像が、本日のちょいとリッチな昼飯でした。
このお肉、プラスチックのフォークで簡単に切れるくらい、柔らかかったです。
クーカル・イタリアンも本日が最終日。
価格的に安いのは分かるのですが、やっぱり使い捨て食器と野外の雑踏で食べるのでは、少し違うような……
午後から時代衣装行列もあるというので、大極殿広場でのこれの見学とエンディングセレモニーの見学で、殆ど終わってしまいましたね……
気が向いたら、こいつらの画像も上げましょうか(^^)
昨日は全く見かけなかったけど、本日は別のステージで、やたらに踊っておりました、せんとくんでした。
それにしてもリニューアルした資料館、やけに展示内容を縮小してくれたわねぇ……以前の六割程度しか展示物がないのと違う???
こいつが大いに不満でした(--〆)
初期作品だからなのか、短編だからなのか、人間を書いてますねぇ。
私は氏の作品を恥ずかしいほど読んでおりませんで、何篇かの中・長編を読んだ印象が、この人の作品の主人公って時代であって、主人公はあくまでも狂言回しなのね……
この書き方に、結構あこがれております。
でも私の観点では、全く逆になるんですわね。
だって、一人称語りで進む話ですからねぇ……
短編の時代小説って、どのように書けば良いのでしょう。
こいつは私が書き始めた時からの疑問の一つなのですね。
時代の中の他愛ない出来事……これじゃ、現代を舞台にしても大して変わらないのでは?
その他愛のない出来事が、実は時代や人々を左右するだけのものだった……
言うは易し、書くは難し……(/_;)
書き直し候補の話を読み直しながら、適当に直しているののですが、これが全然のらない(/_;)
これを大幅に改正するのなら、もう少しテンションも上がるのでしょうが。
ところで以前には主人公が、藤原雄田麻呂に敬語を使っていたのが不自然に思えたので、対等な会話にしてみました。
二人の年齢差は五歳……今度は無茶苦茶、横柄に思える(ーー;)
そもそも、この寺の行事はHPなどの紹介では、一般の人も参加できそうな事を書いていて、実際に行ってみると招待者のみ……こんな事が何度もあったので、実を言うと懲りてるんですね。
こんな事言って、関係者の方が見てたら……まぁ、人の来ない所だから見てやしないでしょうけど(~_~;)
いや、でも、昨夜の『最勝会』には大講堂に入る事が出来たし、東塔の初層にも入れて頂いたし……
こういう不埒な考えの元で近鉄奈良駅に向かい、アクセスも良く西ノ京駅に着いたのは、16時少し前でした。
玄奘三蔵院の方に向かいますと、既に人が大勢集まっていて、大きなテントで受付が行われていました。
案の定、招待者のみだわねぇ……などとぼやきつつも眺めておりますと、御僧侶を先頭に天理大学雅楽部の方々が道行楽を奏しながらやって来ました。
これを見送ったら帰るかなどと思っていたところ、立ち見の入堂券ならありますよと、若い女性から貰ってしまいました。
ああ、来た甲斐もあったってもんだわねぇ!!
でも立っていた方が良く見えるので、壁に寄りかかって、隣でやはり立ち見をされている方の式次第を見せてもらいながら、散華や表白文や大般若経展読(これはどこで見てもパフォーマンスですね(^。^))などを拝見しておりました。
そして管主さんのお話があり、その後に天理大学雅楽部の方々による伎楽が始まりました。
再現された伎楽は本来、音楽だけの無言劇なのですが、ここでは御僧侶による語りが全般にわたって入っていたので、とてもストーリーが充実しておりました。
何よりも、声明で鍛えた御声がとても素的!!!
更には、玄奘三蔵役は俳優の榎木孝明さんなんですね!!!!!
入道券を下さったお姉さん、ありがとうございます!!!!!!
法要が終わった後に、万灯供養がありまして……ここでも途中で帰った方から蝋燭を頂いてしまいまして!!!(・_・;)!!!
玄奘三蔵様が御持ちの種火から点灯してもらって、フテブテシ献灯してまいりました。
その後、今日も東塔の初層を拝見してまいりましたm(__)m
結論!
今年こそ、薬師寺に写経に行って奉賛会に入りなさい!!……って事かしらσ(^◇^;)
奉賛会は良いのだけど、写経ってした事無いわ~~~~え、子供でもするの???
五月五日、昨年は確か京都の『藤森祭』に行っておりました。
京都といえば、今日は上賀茂神社の『競馬(くらべうま)』でしたね。
しかし今年は、久しぶりに春日大社神苑で行われた『子供の日 萬葉雅楽会』に行ってきました。
今年の演目は、十時から林檎の庭で行われた『菖蒲祭』では『崑崙八仙(こんろんはっせん)』、十三時からの万葉植物園では管弦が『皇麞(おうじょう)』の急、舞楽が『振鉾(えんぶ)二節』、『迦陵頻(かりょうびん)』、『胡蝶』、『太平楽』。
本当でしたら先月の二十二日、午前中に飛火野で『太平楽』の奉納があるはずだったんですね。そして午後からは四天王寺の『聖霊会』に行って、こちらでも太平楽を見てやろうと、密かに休みを取ってやろうと画策していたのに……この日は朝から土砂降り(/_;)
ビッグルーフの能楽堂で関係者にだけ公開され、『聖霊会』の舞楽も六時堂の中で行われた事でしょう。
そしてそのリベンジとばかりに、本日の雅楽会で『太平楽』の大曲が行われる事になったのでした。
四天王寺では、『聖霊会』の最後を飾る舞ですが、他では天皇陛下の即位の大礼、春日大社では式年造替の時に行われるそうです。
今までも天理大学雅楽部や、天理高校雅楽部が定期公演で行っていたのを拝見した事がありますが、南都楽所では当然ながら初めてです。
装束がとにかく重くて、着付けだけで一時間近くかかってしまうと聞いた事があるのですが、舞楽の中でも最も派手で見ごたえがあって面白い舞だと私は思っています。
今日の舞人も皆さん、若いけれどそろそろベテランの域という充実した年代の方々で、重厚ながらも切れが良くてカッコ良かったです(^。^)
でもやっぱり、天王寺楽所が一番派手かな……見慣れてる事もあるか?
で……他の写真は?
それよりも『聖武天皇祭』の時の舞楽や能楽の画像も上げてませんね。
ボチボチやりますが、本日はこの後に薬師寺で『玄奘三蔵会大祭』にも紛れ込んできたし……
