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こうやって見ても、特に変哲もない染付の湯飲みです。
少し小さめで薄手ですので、見ようによっては上品な物かもしれません。
高台が小さめなので、少し古い物だという事も分かると思います。
高台の周りに鱗紋などを施すのも、少し昔の流行のようです。
こいつはリサイクル品、先日の『四天王寺のガラクタ市』で買って来た物です。
値段は決して高い物ではありませんし、骨董というにも少々新しめでしょうか。
高台の内側には現代でも、窯元や産地などが書かれていますが、こちらも同様、このような文字が入っています。
『有 29』
『有』は有田、29は窯元に点けられた番号なのだそうです。
時代は太平洋戦争の真っ只中、国の承認を得て磁器などを焼いていた窯が、このような統制番号を入れた製品を売っていたという事です。
私はこちらにはまるで詳しくないし、周囲にも専門屋がいないので良く分からないのですが、この番号によって焼かれた場所と時期が特定できるのだそうです。
同様に、こちらは『瀬 823』
チョッと判り難いですね(^^ゞ
昭和の始めに流行ったような鋭角的なラインの御飯茶碗の高台です。
昔、私の実家にもこんなスタイルの御茶碗があったのですが、台所の改修をした時に思い切って殆ど捨ててしまったのを覚えています。
この類が最近の骨董ブームで、多少とも脚光を浴びているようです。
今でもちょっとした旧家の物置には、沢山しまい込まれているかもしれません。
ところで最近の骨董屋さんは、蔵などを壊すと聞きつけると、中身を一緒くたに全部買い上げて、その中から商品になりそうな物を選ぶとの事です。
ガラクタ市には、そのような対象からあぶれた、昔の私信や日記らしき書付、領収書、納品書、何かの覚書や注意書き、パンフレットなどなど、何にしろというんだというものまで出回っています。
こちらの画像の文字は『岐 9』
とある場所で拾った湯飲みか茶碗の欠片です。
明治や大正時代の型紙摺りや銅版転写の磁器片に混じって、こういう昭和初期の物も、河原や海岸には当たり前のように落ちているものですね。
少し小さめで薄手ですので、見ようによっては上品な物かもしれません。
高台が小さめなので、少し古い物だという事も分かると思います。
高台の周りに鱗紋などを施すのも、少し昔の流行のようです。
こいつはリサイクル品、先日の『四天王寺のガラクタ市』で買って来た物です。
値段は決して高い物ではありませんし、骨董というにも少々新しめでしょうか。
高台の内側には現代でも、窯元や産地などが書かれていますが、こちらも同様、このような文字が入っています。
『有 29』
『有』は有田、29は窯元に点けられた番号なのだそうです。
時代は太平洋戦争の真っ只中、国の承認を得て磁器などを焼いていた窯が、このような統制番号を入れた製品を売っていたという事です。
私はこちらにはまるで詳しくないし、周囲にも専門屋がいないので良く分からないのですが、この番号によって焼かれた場所と時期が特定できるのだそうです。
同様に、こちらは『瀬 823』
チョッと判り難いですね(^^ゞ
昭和の始めに流行ったような鋭角的なラインの御飯茶碗の高台です。
昔、私の実家にもこんなスタイルの御茶碗があったのですが、台所の改修をした時に思い切って殆ど捨ててしまったのを覚えています。
この類が最近の骨董ブームで、多少とも脚光を浴びているようです。
今でもちょっとした旧家の物置には、沢山しまい込まれているかもしれません。
ところで最近の骨董屋さんは、蔵などを壊すと聞きつけると、中身を一緒くたに全部買い上げて、その中から商品になりそうな物を選ぶとの事です。
ガラクタ市には、そのような対象からあぶれた、昔の私信や日記らしき書付、領収書、納品書、何かの覚書や注意書き、パンフレットなどなど、何にしろというんだというものまで出回っています。
こちらの画像の文字は『岐 9』
とある場所で拾った湯飲みか茶碗の欠片です。
明治や大正時代の型紙摺りや銅版転写の磁器片に混じって、こういう昭和初期の物も、河原や海岸には当たり前のように落ちているものですね。
奈良町を歩いていて、またもやこのような物を見つけて買ってしまいました。
大正時代か昭和初期の蓋付き茶碗です。
購入のポイントは、やはり値段(^^ゞ
そして、この変な鳳凰です。
この短い膜を張ったような翼、まるでギャオスじゃぁありませんか……^m^
こいつが蓋にも身にも、三羽ずついるんですね。
蓋を取ってみますと、両方の見込みにもいるんです。
しかしさすがに、高台にまではいませんでしたが(^<^)
今回も結構、安かったです。
ちなみにひがし向きアーケード内の少し高級そうな陶磁器店で、このような蓋付き茶碗の現代物を見たところ、安くても三倍以上の値段がついていました。
本当にこの類は、骨董というよりも不要になった生活雑器ですね。
でも、伊万里の広東碗は相変わらず見つからない~~(/_;)
ちなみに、この前ガラクタ市で買った型紙刷りの茶碗は、現在、私のご飯茶碗になっています。
そして以前に買った湯飲みで、時々コーヒーも飲んでます(*^_^*)
大正時代か昭和初期の蓋付き茶碗です。
購入のポイントは、やはり値段(^^ゞ
そして、この変な鳳凰です。
この短い膜を張ったような翼、まるでギャオスじゃぁありませんか……^m^
こいつが蓋にも身にも、三羽ずついるんですね。
蓋を取ってみますと、両方の見込みにもいるんです。
しかしさすがに、高台にまではいませんでしたが(^<^)
今回も結構、安かったです。
ちなみにひがし向きアーケード内の少し高級そうな陶磁器店で、このような蓋付き茶碗の現代物を見たところ、安くても三倍以上の値段がついていました。
本当にこの類は、骨董というよりも不要になった生活雑器ですね。
でも、伊万里の広東碗は相変わらず見つからない~~(/_;)
ちなみに、この前ガラクタ市で買った型紙刷りの茶碗は、現在、私のご飯茶碗になっています。
そして以前に買った湯飲みで、時々コーヒーも飲んでます(*^_^*)
食器だの骨董だののカテゴリーがないので、取り敢えずは『光り物』にしておきます。
こいつが東寺のガラクタ市で買って来た、大正時代くらいの御茶碗です。
左の鮮やかなジャパンブルーの型紙摺りの物は普段使い、右の手書きの模様の物は御客様用に使われたのではないのかなと、この類に詳しい方が言っておられました。
本頁(もうすぐセカンド頁?)にも書きましたが、これがかなりリーズナブルだったんですね。
私は骨董趣味がないので、相場は全然分からないのですが、同じような新品を買うよりも安いのではないかと思います(^^ゞ
骨董というよりも生活雑器、ちょっとした旧家などには今でも幾つもしまわれていると思います。
こういう蓋付きの茶碗を『奈良茶碗』というそうで、一説には奈良で茶粥を食べるのに使用したから、そのように呼ばれるようになったのだとか、奈良のお寺で作られたからだとか言いますが、殆どの製品は肥前系の磁器なのだそうです。
つまり九州で作られたのに奈良茶碗?
この御客様用の茶碗の模様が、なかなか洒落ています。
蓋や身の外側にはハゲタカ(鳳凰だって(ーー;))が、見込みのワンポイントをアップにして見ますと、このようにアフガンハウンド(麒麟!(ーー;)!)までいたりします。
こういうオーソドックスな形のも良いのですが、今度は有田の広東碗がほしいなぁ~(*^。^*)
別に骨董趣味はないんですけどねぇ。
こいつが東寺のガラクタ市で買って来た、大正時代くらいの御茶碗です。
左の鮮やかなジャパンブルーの型紙摺りの物は普段使い、右の手書きの模様の物は御客様用に使われたのではないのかなと、この類に詳しい方が言っておられました。
本頁(もうすぐセカンド頁?)にも書きましたが、これがかなりリーズナブルだったんですね。
私は骨董趣味がないので、相場は全然分からないのですが、同じような新品を買うよりも安いのではないかと思います(^^ゞ
骨董というよりも生活雑器、ちょっとした旧家などには今でも幾つもしまわれていると思います。
こういう蓋付きの茶碗を『奈良茶碗』というそうで、一説には奈良で茶粥を食べるのに使用したから、そのように呼ばれるようになったのだとか、奈良のお寺で作られたからだとか言いますが、殆どの製品は肥前系の磁器なのだそうです。
つまり九州で作られたのに奈良茶碗?
この御客様用の茶碗の模様が、なかなか洒落ています。
蓋や身の外側にはハゲタカ(鳳凰だって(ーー;))が、見込みのワンポイントをアップにして見ますと、このようにアフガンハウンド(麒麟!(ーー;)!)までいたりします。
こういうオーソドックスな形のも良いのですが、今度は有田の広東碗がほしいなぁ~(*^。^*)
別に骨董趣味はないんですけどねぇ。
またもや穴の開いた貝殻です(^^ゞ
巻貝はキシャゴでしょうかね?
私の子供の頃には、沼津の磯でも普通に採れて、塩ゆでして食べていましたが、今では全く見られないとか……イボニシ(苦いんです、これ)ですら、殆どいないってのが、マジに信じられない(-_-;)
巻貝の話はさて置き、真ん中下の丸いのが、くり貫いたボタンの原型です。
こいつを更に加工して、二つないし四つの穴をあけると、ワイシャツなどのボタンになるのでしょう。
ボタンをくり貫いた後の貝殻は一種の産業廃棄物で、土地の埋め立ての時に一緒に廃棄されたりしたようです。
それでも自然素材ですから、そのうち土に返るでしょう?
ところが土に返りそうにないのが、こちらの樹脂素材の物です。
太平洋戦争の後に貝ボタンの需要が激減した替わりに、このような樹脂製のボタンが流行したのだそうです。
大和高田市は貝ボタンよりもこちらが盛んだったそうで、このタイプの遺物(?)も時々見かけます。
樹脂のプレートを丸く貫いて、カラフルなボタンを作っていたようですね。
現在の市内には、この類のボタンの会社は無いそうですが、高級品の貝ボタンを生産している会社はあるそうです。
一度、行ってみたいなぁ~~(^^ゞ
川西町のトモイでも良いのだけれど……
巻貝はキシャゴでしょうかね?
私の子供の頃には、沼津の磯でも普通に採れて、塩ゆでして食べていましたが、今では全く見られないとか……イボニシ(苦いんです、これ)ですら、殆どいないってのが、マジに信じられない(-_-;)
巻貝の話はさて置き、真ん中下の丸いのが、くり貫いたボタンの原型です。
こいつを更に加工して、二つないし四つの穴をあけると、ワイシャツなどのボタンになるのでしょう。
ボタンをくり貫いた後の貝殻は一種の産業廃棄物で、土地の埋め立ての時に一緒に廃棄されたりしたようです。
それでも自然素材ですから、そのうち土に返るでしょう?
ところが土に返りそうにないのが、こちらの樹脂素材の物です。
太平洋戦争の後に貝ボタンの需要が激減した替わりに、このような樹脂製のボタンが流行したのだそうです。
大和高田市は貝ボタンよりもこちらが盛んだったそうで、このタイプの遺物(?)も時々見かけます。
樹脂のプレートを丸く貫いて、カラフルなボタンを作っていたようですね。
現在の市内には、この類のボタンの会社は無いそうですが、高級品の貝ボタンを生産している会社はあるそうです。
一度、行ってみたいなぁ~~(^^ゞ
川西町のトモイでも良いのだけれど……
一昨日、西ノ京の唐招提寺からの帰りに見かけて、こんな磁器を買ってしまいました。
明治時代の型紙摺りの染付ですので、大して珍しい物でもないのですが、こいつがかなり安かったんです。
画像をクリックして頂くと、多少大きなものが見られますので分かりやすいと思いますが、とにかく摺りが雑なんですね(-_-;)
重なってたり、ずれてたり、にじんでたりと、いくら大量生産の廉価な商品にしても、これじゃ店頭で売れ残るかもしれないなと、思わず要らぬ心配をしそうな代物です。
こちらは割り合いにましかな?
と思いきや、やはり摺りがずれてます。
むしろ型紙のサイズと器の大きさやカーブが巧く合わなかったのかな?
正面に来ている青海波や水玉の模様は、綺麗に刷れているのですが、左に少し見えている水玉の下の方に、不自然な空間ができてしまっているのが見えるでしょうか。
このずれが一箇所だけでなく、三箇所くらいあったりします。
次のやつも割合にまともそうに見えますが、見ようによってはこれが一番笑えるかも……(^^ゞ
これもクリックして大きくして見てもらえば一目瞭然、筆で入れたらしい濃い色の線が、とにかく雑で汚い(~_~;)
印判で線画を摺った上から、筆で薄い色やベタを入れているのですが、木の幹の部分なんてラインの方向が合ってませんよ。
きっと初めて絵付けした人の失敗作じゃないの?
これじゃ値下げしても売れなくって、半端モノのままお蔵入りしていたのが、今になってアンティークブームで日の目を見たとか??
見込みには松竹梅の丸模様があってかわいいし、裏返してみると蛇の目高台で、いかにも明治時代のお茶碗ですよという感じなんですけどね。
近現代陶磁器も、安価でどこにでもあるのですが、こうやって見ているとなかなか味があって面白いです。
今度は大正時代くらいの銅版転写のお茶碗かお皿でも見つけてこようかな(^_^;)
明治時代の型紙摺りの染付ですので、大して珍しい物でもないのですが、こいつがかなり安かったんです。
画像をクリックして頂くと、多少大きなものが見られますので分かりやすいと思いますが、とにかく摺りが雑なんですね(-_-;)
重なってたり、ずれてたり、にじんでたりと、いくら大量生産の廉価な商品にしても、これじゃ店頭で売れ残るかもしれないなと、思わず要らぬ心配をしそうな代物です。
こちらは割り合いにましかな?
と思いきや、やはり摺りがずれてます。
むしろ型紙のサイズと器の大きさやカーブが巧く合わなかったのかな?
正面に来ている青海波や水玉の模様は、綺麗に刷れているのですが、左に少し見えている水玉の下の方に、不自然な空間ができてしまっているのが見えるでしょうか。
このずれが一箇所だけでなく、三箇所くらいあったりします。
次のやつも割合にまともそうに見えますが、見ようによってはこれが一番笑えるかも……(^^ゞ
これもクリックして大きくして見てもらえば一目瞭然、筆で入れたらしい濃い色の線が、とにかく雑で汚い(~_~;)
印判で線画を摺った上から、筆で薄い色やベタを入れているのですが、木の幹の部分なんてラインの方向が合ってませんよ。
きっと初めて絵付けした人の失敗作じゃないの?
これじゃ値下げしても売れなくって、半端モノのままお蔵入りしていたのが、今になってアンティークブームで日の目を見たとか??
見込みには松竹梅の丸模様があってかわいいし、裏返してみると蛇の目高台で、いかにも明治時代のお茶碗ですよという感じなんですけどね。
近現代陶磁器も、安価でどこにでもあるのですが、こうやって見ているとなかなか味があって面白いです。
今度は大正時代くらいの銅版転写のお茶碗かお皿でも見つけてこようかな(^_^;)
奈良県内でチョッと土をほじくり返しますと、時々貝殻が良く出てきます。
これが海辺の地域ならば、昔々の人たちが食べていた貝の殻なんだろうなぁと思うところですが、この中和地区では少々話が違ってきます。
それは何かって、地域の年配の方に聞けばすぐ分かります。
「この辺にも貝ボタンを作っていた工場があったんやろうな」
この写真のように、穿孔されたものも多く見られます。
サイズからすると、ワイシャツなどのボタンでしょうか。
かつてはこのような淡水性の貝(良く分かりませんが、イケチョウガイでしょうか?)をメインに、一般的に貝ボタンが作られていたそうですが、太平洋戦争の後には樹脂製のものに切り替わっていったそうです。
国産貝ボタンといえば、今では高級アパレル素材として、チョッとおしゃれな衣服に使われたり、アクセサリー素材として注目されています。
現在でも奈良県は80%以上を生産しているそうですが、殆どは海貝の殻(真珠母)を使って作られています。
http://www.kawanisityou-syoukoukai.jp/button/index.html
↑こちらのページが詳しいかな。
余談ですが、貝殻製のビーズも、淡水貝よりも海貝製の方が高くて、見た目も綺麗なんですよね。
とは言えこちらは、出回っているのは大抵が中国産の安物ですが(^^ゞ
これが海辺の地域ならば、昔々の人たちが食べていた貝の殻なんだろうなぁと思うところですが、この中和地区では少々話が違ってきます。
それは何かって、地域の年配の方に聞けばすぐ分かります。
「この辺にも貝ボタンを作っていた工場があったんやろうな」
この写真のように、穿孔されたものも多く見られます。
サイズからすると、ワイシャツなどのボタンでしょうか。
かつてはこのような淡水性の貝(良く分かりませんが、イケチョウガイでしょうか?)をメインに、一般的に貝ボタンが作られていたそうですが、太平洋戦争の後には樹脂製のものに切り替わっていったそうです。
国産貝ボタンといえば、今では高級アパレル素材として、チョッとおしゃれな衣服に使われたり、アクセサリー素材として注目されています。
現在でも奈良県は80%以上を生産しているそうですが、殆どは海貝の殻(真珠母)を使って作られています。
http://www.kawanisityou-syoukoukai.jp/button/index.html
↑こちらのページが詳しいかな。
余談ですが、貝殻製のビーズも、淡水貝よりも海貝製の方が高くて、見た目も綺麗なんですよね。
とは言えこちらは、出回っているのは大抵が中国産の安物ですが(^^ゞ
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