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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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月と木星……え~と、何か意味不明の画像に見えますが、今日(11月16日)は月と木星が天頂付近で並んで見えます。
だからと言って写してみても、本当に何が何やら分からない図ですねσ(^◇^;)

それはともあれ、このたびも『38社』のイナリ様よりバトンを頂きましたので、ボチボチ答えて参ります。
全部で38問だったかな、四回くらいに分ければ一度に10問から9問で済む訳ですわね。
ところで、このバトンのタイトルって何?


Q1.小説、漫画などの創作媒体は何ですか、またそれを選んだ理由はありますか。

媒体は『小説』です。
そもそも私は絵が下手なので、漫画は描けません。
更には物語がひたすら長くなり、登場人物が饒舌になる傾向が強いので、私の能力では絵でなんて表現しきれない……(~_~;)


Q2.バトンをまわしてくれた創作者とその作品の印象を教えてください。

バトンをまわして下さいましたのは『38社』のイナリ様です。
何と申しましてもキャラクターがパワフルで、様々に動きや表情があるのが見ていて楽しいです。
私は動きや表情のある絵が全く描けないので、ストーリー漫画の書ける方が羨ましいです。
そして美中年が、ひじょ~に魅力的(?)個性派ぞろい(^.^)

Q3.得意なジャンルは何ですか、また苦手なジャンルは何ですか。

強いて得意と申せば、歴史でも古代史というカテゴリーになりますか。
それを“野郎の一人称語り”で書いて行くのが好きです。
南北朝よりも新しい時代は書いた事がありません(^_^;)
かつて後南朝を少しかじりかけた事があるのですが、こいつはどうも気分が滅入っていけません……という具合に、どういう訳か精神的に踏み込めない時代があるのが、時々奇妙に思えるこのごろ(?_?)
苦手な分野は枚挙にいとまなく、筆頭はベタな恋愛モノ私小説、更にはホラーというところでしょうかね。
青春グラフティー……みたいなのも、絶対に書いててウソ臭くなる事請け合い(^◇^)

Q4.創作中に設定の練り直しや、文章の推敲等は行いますか。

自慢じゃないけど、そんな事なら、四六時中やってますわよ( ̄▽ ̄)。o0○
推敲はルビを振りながらもやるし、かつての設定の見直しをしながらもします。
ストーリーの変更も日常茶飯事、主人公が交代するような話すらありましたから。
途中でキャラクターの性格は勝手に豹変するわ、気ままに爆走するわ、動かなくなったら自発的に落ち込んでくれるわ、予定外のキャラクターと絡んでくれるわ……
更には、え~と、貴方何方……?みたいな人が、ポッと出て来る事まであります(-_-;)

Q5.Q4を答えた方でその際に修正に気がとられて創作が先に進まなくなることはありますか。

修正に気をとられる前に、話が進まなくなる事の方が圧倒的に多いパターンです。
進まなくなるので、それ以前を見直してみると、とんでもない所で矛盾は起きているわ、時系列が狂っているわ、登場人物が入れ替わってるわ、重要人物の失踪は起きているわ……それって一体、どういう話やね(・_・;)

Q6.ジャンル、メディアを問わず、自分に大きな影響を与えていると思う作品はありますか。

う~~~ん……小説とか漫画とかドラマではなくて、歴史の概説書なのだと思うのですが、色々な先生の主張するところを摘み食い的に借用しているような傾向がありますからねぇ(@_@;)
更に強いて上げるのなら、埋蔵文化財的な発見ですかねぇ???
もしも小説で上げろと言われましたら、ローズマリー・サトクリフの作品あたりかしら?
主人公も圧倒的に男が多いし、一人称で進んで行く作品も多いし……
でも、あそこまで主人公らを追い込めないんですよね、つまらない憐憫にとらわれて。
それが私の決定的な力不足(/_;)

Q7.スランプ等は経験したことがありますか、その原因は何だと思いますか。
 
スランプとは私の日常に、ごく当たり前に見られる現象ですσ(^◇^;)
その原因は、作者の無能さ、頭の悪さ、狭い視界、知識の不足、整理能力の欠如、考察の浅さなど、いくらでも探す事が出来ます。
より決定的な要因は、怠け癖!!

Q8.自分が創作を行う際の目的や原動力はなんだと思いますか。

とある友人の言葉を借りれば、「あんたは書かされてるんだよ」
確かに言われてみれば、誰なのか何なのか、存在も理由もはっきりしない、強迫観念とは少しばかり違うし、必然性も良く分からないけれど、書かなけりゃいられないような衝動に駆られる事はありますかね。
まあ、もう少し平たく申せば、何か書いていないと落ち着かない訳なんですよ。
しかしまぁ、思いと現実は時として別物でして……挙句がQ7状態ですε-( ̄ヘ ̄)┌

Q9.作った作品は公開していますか、またその方法は何ですか。

公開は紙媒体で行いたいので、いずれはすべき事だと考えています……と、何をまた、もったいぶったような事を(--〆)

Q10.こういった作品は好きになれない、苦手だというようなものはありますか。

結構あります。
まずは極端な勧善懲悪、それから麗しい判官贔屓、絶対的ヒーロー活劇(おまえ、本当に日本人かと問われそうな……^^;)
更には美男美女で完璧な人物が活躍するような、ありえね~ぇ話
作者が、「この世界の支配者は私だ」と、高言オーラ全開の異世界モノ
登場人物の惚れた腫れたに躍起になって、物語の背景や設定が全く見えてこない恋愛モノ
それから、テメェ何様だと言われそうですが、あえて“名もない”と謳った人々こそがヒーローと押し付けがましく言われて、為政者だの勝者だのは嘘八百だと声高に主張するような歴史モノですかねぇ。
だって、これやられると、おまえの書いているものには一切価値がないと、宣言されている事になりますから。
ちなみに私は、一般市民を“名もない人々”と表現するのが大嫌いなんです。



まずは最初の10問、答えてみました。
では、また明日にでも続きをm(__)m
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武人君参上ちょいとインフォメーション^_^;

ただ今、大和高田市の中央公民館で『池田遺跡の埴輪』という展示をやっております。
この人物埴輪、十年近く前に発見された大和高田市一番の男前(?)だそうで、時々、あちらこちらに出張していますが、殆どの時は収蔵庫に入っています。
十年前には全国行脚にも行ったくらいの人気者(??)です???

今月の28日まで、公民館の二階で見る事ができますので、まだ会いに行った事のない御近所の方は、是非とも御出で下さい。
なお、月曜日と23日は公民館が休館だそうで……

 

興福寺仮金堂にてさて、何年ぶりになりますか、『慈恩会』に行ったのは?
法相宗の開祖の慈恩大師が遷化されたのが682年の11月13日だそうで、毎年この日に、興福寺薬師寺で交互に行うのだそうです。
本当ならば昨年が興福寺の番だったようですが、折り良く(?)『御堂で見る阿修羅』展で仮金堂が使用されていたので、薬師寺で行われたのだそうで、今年は逆に興福寺で行ったのだとか……そうすると来年も興福寺になるのかな?

金堂内はこんな感じ……法要は19時から始まりますので、かなり寒いです。
そして今日も今日とて不勉強のうめぞーは、法要の内容が良く分からない……(~_~;)
悔過(けか)法要』はまだ、あちらこちらのお寺で拝見した事がありますが、頂いた解説によりますと、この法要は『論議法要』になるそうで、こちらの内容が見事に分かりません。
お経のように漢文ではなく、間違いなく日本語なのですが、まさに仏教用語がほぼ分からないので、何の事を言っているのかがカオス……
生花の散華です。最後に行われる『番論議』で、若い御僧侶が二人で論議問答をされていましたが、途中で何度となく言葉が途切れまして、一体何に難渋しているのかしら……分からないなりに、こちらも緊張いたします。
久々に興味深いものを拝見させて頂きました。

ところで、最初の方で法要には付き物の『』『散華』が行われていましたが、これが結構珍しい事に、紙の花びらではなく、本物の菊の花を撒いておられました。
今までにも、色々なお寺で法要を拝見しましたが、後にも先にも生花を散華するのは、この『慈恩会』しか記憶にありません。
ちなみに、この画像の下に敷いているのは、興福寺で受け付けてくれる『散華写経』のための散華です。
うめぞーの「要するに寝不足?」のまねしてかいてみるね

昨日のです!!
報告でもしようかと思ったの橿考研の解体修理に伴う発掘調査が主な内容です。

*このエントリは、ブログペットの「てむじん」が書きました。
昨日の橿考研の研究講座の報告でもしようかと思ったのですが、とにかく眠い……(-_-)zzz
時々こういう事があります。
報告は明日以降に……唐招提寺金堂の解体修理に伴う発掘調査が主な内容です。

これが元興寺の禅室(国宝)です。奈良町の元興寺といえば世界遺産、元はといえば奈良町自体が元興寺の旧境内に広がって栄えた町です。
勿論、官寺の一つですから、寺の衰退が始まったのは平安時代以降、中世には浄土信仰の中心地として再興したものの、江戸時代の何度かの大火などもあり、さらには明治の廃仏毀釈も重なって、荒れ寺同然になっていたとか……
いずこの名刹も、明治には苦しい状況だったようですね。
それでも元興寺では『極楽坊』と『禅室』の並んだ二つの建物が存続されて現在に至ります。

創建当時の古材、見事な一木材の頭貫です。この『禅室』の屋根裏に登らせてくれるという、あり難い企画が13日まで行われていまして、ようやく三日に飛び込みで参加して来ました。

この寺の飛鳥にあった頃の名前は『法興寺』です。
『日本書紀』の崇峻天皇元(588)年に、―飛鳥衣縫造(あすかのきぬぬいのみやつこ)が祖樹葉(おやこのは)の家を壊(こほ)ちて、始めて法興寺を作る―このように見えていますので、創建の時ははっきりとしています。
更には三(590)年に、―冬十月に、山に入りて寺の材(き)を取る―とありますので、木材の伐採年までが分かります。

こちらも創建期の材『巻斗』です。平城遷都に伴い、飛鳥周辺にあった寺々も奈良に移され、この『法興寺』も解体されて運ばれ、現在の地に再建されて『元興寺』と呼ばれるようになりました。

年輪年代法という文化財の測定方法も、かなりメジャーになりましたので、ちょっと調べれば概略は分かると思いますので省略……^_^;
こちらの材としてリタイアした『巻斗(まきと)』も、上の画像の長い頭貫(かしらぬき)という部材も、この測定法で590年前後に伐採された事が分かったそうで、元々は飛鳥で建立された寺から移された物という事になります。

こちらの『巻斗』は白鳳時代の物です。

どちらの古い寺も、存続のために何度も手を加え、修理もしているようですが、この画像に見える『巻斗』(新しそうな横材を支えている四角い部材です)は、やはり年輪年代法で7世紀の半ばから後半の年代が出たそうで、天武天皇の時代の修理で替えられた部材だと考えられます。
これも、奈良への移築時に運ばれて来たものだと分かります。
奈良に移った後にも、勿論、修理は続いています。

こんな感じで、元興寺文化財研究所の方が、解説をしてくれました。係りの方が懐中電灯で照らしている『肘木(ひじき)は、形から奈良時代の物だと分かるそうです。

こうして昭和まで何度となく、大規模小規模の修理は続いて、寺も建物も存続して来ました。
それぞれの時代の材は、使える物は再利用し、壊れた物も貴重な資料となりますので保存されます。
そのような新旧の部材が、何とも無造作に見えるほどに屋根裏に並んでいました。

漆喰工の見事な手業です。そしてこれがポスターなどにも採用されていた鶴のレリーフです。
昭和18年から行われた大修理の際に、職人さんが手遊びとばかりに鏝の先で描いたものだそうです。
更には、補強で入れられた梁の裏には、ノミで線彫りした戦闘機らしき悪戯書きもありました。

ところで昭和大修理は、辻村泰圓師が住持に着任して行ったのだそうで、まさに中興の祖といえる方です。
文化財保存にも力を注いだ方で、『元興寺文化財研究所』の初代理事長にも就任しました。
ところが1978年にアメリカに出張された時に亡くなられ、棺にて帰還されたとか……その黒い御棺もも屋根裏に置かれていました(;_:)
不空院の本堂センスの一片もないような画像で済みません。
こちらは奈良市の高畑にある『春日山(しゅんにちざん)不空院』という小さなお寺です。
創建は弘法大師空海、本来の本堂は八角堂で、興福寺南円堂の雛形になったとも言われているのだそうです。
室町時代以降は衰退気味となり、安政の大地震で堂宇の殆どが倒壊し、無住のままで大正時代まで荒れ寺状況だったのを、先代の御住職が現在の本堂の建立を果たしたのだとか。

お堂の裏手にある『御霊塚』現在、こちらで御本尊の不空羂索観音の特別公開が行われているので、ようやく拝観に行ってまいりました。
実に堂々として美しい鎌倉時代の仏様です。
東大寺法華堂興福寺南円堂の御本尊と並ぶ、南都の三不空羂索観音に数えられているそうです。

ところでこの変哲もなさそうな石は何かと申しますと、『御霊塚』です。
御霊として祀られているのは、うちではお馴染み(?)の井上内親王なのですが、どうしてこの寺に井上御霊を勧請したものやら、どうもはっきりしないようです。

久々の『頭塔』お寺を出まして、あまり考えずに、そのまま道を西に向かったところ、破石町(わりいしちょう)の交差点に出ましたので、目と鼻の先の『頭塔』にも久し振りに行って参りました。
そこから近くの『天神社』や『瑜伽神社』にも廻ってみました。
この辺りは昔、『平城(なら)の飛鳥』と呼ばれた地域です。
『天神社』からは、『頭塔』が良く見えます。

この後、東大寺に戻り、法華堂(三月堂)の前に経っている『経庫』の校倉を見学し、金鐘会館オープニング記念のコンサートも聴いて、更に国立博物館も覗いて来ました。
驚いた事に、オータムレイト(閉館一時間半前からの入場)の時間になっているのに、まだ行列ができているんですよ……それも、700円のチケットを購入するために30分待ちって、本末転倒にも思えて来るのですが、本当に今年の『正倉院展』の繁盛ぶりにはビックリ致します(~_~;)
舞楽『五常楽』文化の日、私の毎年の予定はと申しますと、橿原考古学研究所の公開講演会に行くか、春日大社神苑で行われる南都楽所の雅楽演奏会に行くかでしょうか。
そういう訳で今年は後者となりました(^^ゞ

それにしても天気が良かったので、なんとなく写真がハレーション気味ですね(~_~;)
何か、このカメラって明るい時に弱いような……

紅葉はまだまだです。それはともあれ、今年の曲目は
管弦が『蘇莫者(そまくしゃ)
舞楽が『振鉾(えんぶ)』『五常楽(ごしょうらく)』『納曽利(なそり)』でした。

こちらの画像は『五常楽』、左方の平舞です。
唐の太宗の作といわれている曲だそうで、舞などにはよく言われます序・破・急が三つとも完全に残っている、数少ない曲ですとの解説でした。
これが実に長い舞でして、都合40分にも及びます。
蛮絵(ばんえ)装束巻纓(けんえい)老懸(おいかけ)の武官スタイルですが、太刀は佩いておりません。
この楽曲を通して拝見するのは、もちろん初めてです。
序と破は、あまり変化が分からないのですが、急はかなりテンポの速い舞でして、見ていても小気味良いですね。

右方走舞『納曽利』こちらは『納曽利』
多分、何度かここでも書いていると思いますが、南都楽所では一人舞が『納曽利』、二人舞が『
落蹲(らくそん)』です。

この日は日差しのある内は暖かくて良かったのですが、三時過ぎ、この雅楽会が終わった辺りから寒いの何の……
この後、奈良町界隈まで行き、夕方から『元興寺禅室屋根裏探検』に参加して来ました。
こちらはまた、項目を改めましてm(__)m
きょうてむじんがうめぞーと復元する?

*このエントリは、ブログペットの「てむじん」が書きました。
あまりの人の多さに怖気づきまくりの今年の正倉院展ですが、実のところ先週行って参りました。
しっかり40分も並ばされましたわσ(^◇^;)
今年の鳴り物入り(?)の宝物は『螺鈿紫檀五弦琵琶』で、18年か19年ぶりの御目見えとのキャッチコピー付きでしたか。
私の記憶では、多分見るのは、二度目だと思います……と、今日も年の知れるような発言を(-。-)y-゜゜゜
あの時も、昭和の初めに行われた宮内庁の雅楽部の方による、実物演奏の音声を流していたと記憶しています。
そしてあの時も、「裏の模様も、全然欠けた所がないのねぇ」という観覧者の溜息に、
「後補材、はっきりと色違いでわかるじゃねぇの……」と内心でぼやいていたような(ーー;)
とにかく今回も、この琵琶の周囲だけで二十分近い待ち列が出来ておりましたが、まぁ、他はそれ程並んで待つような展示物もありませんでしたか。
今年もやや短め、三時間半程度で出てきました。

奈良国立博物館本館今回私が個人的に喜んでいたのは、文書類の署名やら出て来る名前やらです。
とにかく有名人が多くて、楽しかったです?

まずはメインの宝物の一つに上げられていた『種々薬帳』の末尾にずらりと並んだ御歴々(゜_゜)
『国家珍宝帳』と同じメンバーです。
何せ文書の日付も同じ、天平勝宝八歳六月二十一日ですから。
紫微令の藤原仲麻呂と、参議の筆頭で大倭守でもある藤原永手が、これでもかと競うような癖字で署名し、その後にも紫微中台の御偉方、巨萬(高麗)福信賀茂角足葛木戸主の署名が続いています。
福信も右上がり気味の癖字ですが、角足は何とも小心っぽっく、戸主は「知ったこっちゃない」とでもいう字ですわ(~_~;)

雑札』とは木簡ですが、この一枚に飯高命婦(いいたかのみょうぶ)という女性が出てきます。
この人は、宝亀八年五月に八十歳で亡くなった、典侍(ないしのすけ)飯高宿禰諸高の事だと思われます。
同じく『雑札』装束司 牒寺政所(装束の司が東大寺の政所に当てた牒)に書かれる次官佐伯大夫、天平勝宝五年ですから間違いなく佐伯宿禰今毛人ですね。
これには造東大寺司写経所の超有名人、上馬養(かみのうまかい)の名前も見えます。
この馬養(馬甘)さん、この後も経典の貸し借りの文書や、写経の校正の文書に、何人かの方々と一緒に、これでもかと言うほどの書名を残しています。

今毛人は東大寺から造東大寺司に経典を貸してくれと頼んでいる文書(東大寺牒)にも、直筆の署名が見えています。
同じ文書にも、これまた時の人(?)、少僧都良弁(別の文書では大僧都)の「文句があるか!」とでも言いたげな署名があったりします。
同じく別の『東大寺牒』には、法師道鏡のオール直筆もありですわ^_^;
「耳をそろえて、さっさと貸しやがれ」ってな乱筆が笑えます。
おまえは誰か
HN:
うめぞー
性別:
非公開
自己紹介:
明日は歴史作家!

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