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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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六~七年前に、ただいま書き直している話を何人かの方に読んで頂いた時、過分にも『骨太な物語』と言う評価を頂いて、結構良い気分になっておりました。
ところが今、こいつを丸々書き直しているのですが……骨格はもしかしたら太いのかもしれないけど、随分とまぁ、骨密度が足りないようなε-( ̄ヘ ̄)┌
 
何ちゅうか、独特の気持ち悪さがあるんですわね、自分が書いたモノながら(*_*;
私がここ最近、気持ち悪いと感じるのは、特定の人物への過剰な思い入れと言うか、こいつを持ち上げてヒーローにしておけば、すべて世は事もなし……(ーー゛)的な話ですかねぇ。

例を挙げれば、この春にNHKで二週連続でやってたドラマみたいなやつね。
これ、やり方を間違うと、主人公とその取り巻き以外は、殆どが悪党と間抜けのオンパレードになりかねないのよ。
少なくとも、件のドラマ、私にはそう見えたけど(+_+)痛いのよ、つまり。
だって高位高官の殆どは悪党、恐ろしい事に皇族は間抜け、そういう括りに見える。
まぁ、こちらは一応物語りに仕上がってますけどね。
いや、それを言えば私の方も同様か、完結してるし。

今更、こんなドラマは良いとして……うちの方は、日嗣皇子信奉者をどう扱おうかしら。
狂言回しの主人公とは、いつものパターンで掛け合い漫才だけど。

これから出てくる一番変な男も、もう少し分かりやすいキャラクターにしようかしら。
でもそれじゃ、もう一人の曲者と変わり映えしなくなりそうだし……

そしてこの度、ようやく気づいた事。
世間的イメージで悲劇のレッテルを貼られている人物、うちではどいつもこいつも過激だ(@_@;)
今回は大伯皇女が一番過激かも……母親も同母弟もそうだったけど。
それから悪党は実は御人好し??(゚_。)?(。_゚)??
日嗣皇子も、高市皇子も、藤原史も、結構、御人好しだもんなぁ(゜.゜)
そうすると百済王真鳥、もしかして悪党???

本当に登場人物のイメージが滅茶苦茶ですわ、この話σ(^◇^;)
とにかく、足りない骨密度を何とかしないと、書いていても気持ち悪いわ~
それにしても今年の『ムーンライトin藤原京』は詰まらなかったわ。
『飛鳥光の回廊』も、殆ど盛り上がってないし……
奈良市に遠慮してる訳でもないでしょうに、どうしてかしらねぇ……写真を少しだけ写してきたけど、何か報告する気になれませんわ。
まぁ、気が向きましたら、するかもしれませんし、そのままかも……
明日はどうしようかな、夕方以降は諦めて『春鹿酒造』の蔵開き行こうかな、それとも夕方から石舞台公園に行こうかな……両方は無理、だってここ、自動車でないと行けませんしねぇ(/_;)

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てむじんが栲縄を会話したいです。
だけど、てむじんは付属したいなぁ。

*このエントリは、ブログペットの「てむじん」が書きました。
今書き直している話は、六~七年前に書いていたものです。
つい最近まで書いていた話より、三代さかのぼりました白鳳時代という頃の話です。
一番、頼りになる史料はと申しますと『日本書紀』です。
何度も申しますが、これが全く一筋縄じゃ行かない(T_T)

とにかく私は、この時代をしっかり忘れていますσ(^◇^;)
人物関係とか年齢とか飛鳥の地理とか……隣の村だってのに?
それより何より、ここ数年の『飛鳥浄御原宮内郭』の発掘成果も、ぜんぜん頭に入ってない……と、申しますか、この話を書いたのが、それらの成果が公表される以前だったので、読んでいても『大殿』だの『奥殿』だのと言っているのが、どこの事やら殆ど分からないε-( ̄ヘ ̄)┌

『日本書紀』の記述も、これらとどの程度合致するのか、諸説が入り乱れていてはっきりしません。
多分、私が『大殿』と書いているのは『エビノコ大殿』で、『大安殿』と書いているのは『内郭』の一番南に位置している、四方廂の大きな建物でしょう。
内郭を後の内裏と考えて、エビノコ大殿を大極殿(未だに反対意見はあるらしいですが)とするのは分かっているのですが、外郭が殆ど調査されていないから、各司がどこにあるのかなんてさっぱり分かりませんわ(*_*;

この内郭の一番北東隅に、現在明日香村に行くと見る事の出来る、『伝・飛鳥板蓋宮跡』の井戸があるのですが、ここを内裏の隅っこと考えますと、2006年の調査で出て来た三連の大きな建物が、天皇や皇后の住まいと考え、その後ろは妃や宮をまだ持っていない皇子たち、采女たちが住んでいたと考えて良いのでしょうかねぇ……?
ところで井戸は良いのだけど、ここって炊屋はあるんでしょうかねぇ??
それとも大善職みたいに外にあって、宮中では火を使うのは御法度なのかな???

まぁ、このような事は直接話の中には出てこないのですけど、何かやっぱり気になるんですよね。
そういう訳で、先程から一昨年の橿原考古学研究所付属博物館の秋季特別展の図録と、首っ引きではったりに勤しんでおります(@_@;)
聖武太上天皇もびっくり?!何がないって、東大寺金堂伽藍の真ん中に天平勝宝年間から居座っていた八角燈籠です。
聖武太上天皇もびっくり、
「朕の燈籠が無い!!!!!」

実はこの十月から東京国立博物館の特別展『東大寺大仏―天平の至宝―』に出品されるためだそうで、先週の半ばから解体が始められ、本日(13日)にはボルト付きのコンクリート(石かも知れませんが)台座だけになっておりました(/_;)

この燈籠の前には、法華堂(三月堂)から不空羂索観音の光背が搬出されていましたし、この後には、行基菩薩に良弁僧正はじめ、二人の大勧進、僧形八幡神、それから現在、奈良博の特別展に並んでいる御方々も、大挙して上野にお出掛けになるようです。

うちの兄上(誰それ?)も、このところ無沙汰続きで、ようやく会えたと思ったら、また東京に出張ですか(~_~;)
その内、東大寺の博物館が出来たら、そちらに引っ越すかもしれませんしねぇ。
まぁ、それはそれで友の会に入ってれば、多分、会いに行きやすいでしょうしσ(^◇^;)

牽牛子塚古墳、調査中今、墓参といえば、やっぱりここですか?
奈良県高市郡明日香村越の国史跡『牽牛子塚古墳』ですね。

十二日の午前中現在、現地見学会の真っ最中なのですが、炎天下に並ぶのが嫌で二の足踏みまくってます。

まぁ、八角形の一つの角は135度、一辺の長さが確実に残っていますので、墳丘の基底部の規模はしっかり復元できる状況です。

春日宮天皇陵にてそういう訳で、
昨日に出かけたのは飛鳥村ではなく奈良市でした。

今更とやかく言う必要もなく、矢田原町の『春日宮天皇陵』(田原東陵)ですね。
県道の奈良名張線に面した切り通しは江戸時代に造られたもので、本来の御陵の入り口は当地に建ってみれば一目瞭然、切り通しに対して右手方向にあります。
そういう訳で、宮内庁の用意してくれた遥拝所ではなくて、書陵部の職員が出入りしている脇の入り口辺りからの遥拝が私の常です。
周囲の山はツクツクホウシの大合唱、ノシメトンボが飛び交っていました。
周辺の田んぼでは、早くも稲刈りが始まっていまして、近くでコンバインの音がしておりました。

崇道天皇陵

本当ならここから田原西陵にも行くのが、いつものコースなのですが、急に思い立って午後から出かけたので、ここを出たときは既に夕刻、そのまま帰り道での寄り道コースがこちら、『崇道天皇八嶋陵』です。

件の横穴式石室の残骸は、すっかり干上がっていましたが、前池にはカイツブリの番が幾つも泳いでおりまして、相変わらずあちらこちらで蝉と一緒に鳥が鳴いています。
夕方なので烏が帰って来たようで、戦闘機のアクロバット飛行差ながらに、数羽が空中戦を演じておりました。

ここで出会ったのはどういう訳かスズメバチ。
春日宮天皇陵がトンボで、こっちがスズメバチ、う~ん、どちらも肉食系昆虫だわ。
似合いすぎて、微妙(~_~;)
うめぞーは、抜きっぽい常設するはずだった。

*このエントリは、ブログペットの「てむじん」が書きました。

これは誰の字?八月一杯の缶詰からようやく脱却、この前の日曜日(五日)に、ようやく奈良国立博物館の
仏像修理100年』及び『至宝の仏像』展に行って来ました。

本館の前にはこのようなプレートが出来ておりまして、こういう名前になったようです。
ところでこの字はどなたの手でしょう?
新館エントランスの文字は、正倉院宝物の『雑集』から抜き出した字、つまりは聖武天皇の御手ですね。
この『仏像館』の字は、それに同様でしょうか、館の字は同じ形ですから、どう見ても。

前回の『大遣唐使展』で、こちらの本館の展示物もすっかり移動させてしまって、今回は大幅に常設で出ていた御像の展示場所も入れ替わってしまっておりました。
しかし、あの本館、場所によってはすごく照明の具合が悪い!!
いつも会いに行く
地蔵菩薩も、人相が変わるくらいに陰になってしまって……もう一度、北側の回廊のあの位置に戻して欲しいわ……と、個人的希望をボヤクのでした。
それでも、久々にこちらの
如意輪観音さんには会えましたから、それで良いとしましょう???
そして、こちらの『至宝の仏像』のメインとなられます、東大寺法華堂の金剛力士像ですが、ここで見ると滅茶苦茶迫力ある方々ですねぇ。
法華堂で、同じくらいの大きさの方々の間に混じってしまうと、全然大きさも存在感も感じないのですが……御本尊からして、これでもかの存在感ですからねぇ、御綺麗な方を両側に従えてσ(^◇^;)

『仏像修理100年』、こっちは見ていて時々、溜息が出てきますわ。
修理される技術者の方々もさる事ながら、元々この仏像を造った仏師の力量を思わずに入られません、月並みな物言いですが。
特に、あの東大寺南大門の仁王象、修理のために復元された顔や手、足などの部分を見るだけで、鎌倉仏師の意地やら技量を見せ付けられると言う感じですわ。
こりゃ、私ごときが云々言うよりも、実際に見るべきと言いますか、いずれの仏像や工芸品にしても、それこそ百聞は一見にしかず、これしかありませんって。
やっぱり、鎌倉仏はすばらしいです。

本薬師寺の夏はホテイアオイ今年も橿原市の本薬師寺跡では、ホテイアオイが見頃になっています。
もう少ししたら彼岸花も咲くので、毎年ながら薄紫と朱色の花の競演が見られる予定です。

何年か前には、休耕田でこの花を栽培するのが流行っていたみたいで、あちらこちらで見る事が出来たのですが、ここ最近は本薬師寺跡だけです。
代わりにヒマワリ綿の花などの栽培にした所もあるようですが。

しかし、相変わらずの残暑、連日の猛暑日です。
明日は台風の影響で、かなりのまとまった雨が降るとか。
海龍王寺にて万葉歌碑と供に、私が性懲りもなく写して来るのが、會津八一の歌碑です。
歌人としての名で、秋艸道人と呼ぶべきでしょうか、こちらの歌碑もその名前で刻まれています。

しぐれ の あめ いたく な ふり そ こんだう の はしら の まそほ かべ に ながれむ

八一の歌は平仮名ばかりなので、何度か口に出してみないと、意味が分からない事が多いです。

時雨の雨 甚くな降りそ 金堂の柱の真朱 壁に流れむ

かえって漢字にしてしまうと、別物になってしまう様な……

この歌碑は奈良市法華寺北町の海龍王寺にありますが、とにかく目立たない所にありまして、何度か行った人に聞いても記憶にないと言う返事が返ってきます。

私が大昔(念のため申しますと、この碑が建てられた昭和45年よりも後の事ですよ)に、始めてこの寺に行った時から、この歌碑の事は良く覚えているのですが、その理由が……同伴した友人も、誰も読めなかった……(@_@;)
そのくらい、八一の字は読みにくいんです……巧いのか下手なのか分かりません。
もっと読めないのは、佐佐木信綱博士(国文学者)の字ですけど(~_~;)

八一がこの寺に行ったと思しき大正7~8年ごろには、かなりの破れ寺状態だったらしく、西金堂の白い壁に柱の赤い色が、雨でにじみ流れているのを実際に見て詠んだ歌だと聞いております。


ところで、今日、ボスと交わしていた謎の会話
「あれ、何度くらいあると思います、120度じゃきかないですよね」
「八角形の一角って、何度や」
「えーと、360÷8が……45だから、180-45で、135度ですか?」
何故か、算数をやっておりました(--〆)
この理由は後日……何じゃ、そりゃε-( ̄ヘ ̄)┌

今更何の病気かって……
書き直しを始めた話の、元の原稿をボチボチと読み返しております。
ここで件の腹黒い日嗣皇子(皇太子ではない)が、やたらと海外情勢の話をしております。
時は天武朝ですから、主な外交相手は新羅(統一新羅)ですね。
相変わらず、向こうの国王を法敏だの政明だのと、呼び捨てにしております。
念のため、国王の名前は音読みして下さい、ノリトシだのマサアキではありませんので……

この話をどうして、書き直そうと考えているのかと申しますと、一昨年に書いていた話の続編にしたいためなんですね。
続きと言っても、登場人物は殆ど重複しません。
世代も交代しているので、かつての主人公ですら生きているか否か、微妙なところですね。
何せこの人、日本におりませんので。
まぁ、この人の噂が、日本での事件に結びつくと言いますか、困った輩の行動を助長していると言いますか、やがて日嗣皇子が打ち切れます……

それにしても私が書く皇太子って人は、大抵が腹黒いんじゃないのか?
例外は阿倍内親王と大炊親王くらいか?他戸親王もだな?
今回の日嗣皇子も、山部親王と張り合うくらいに、何考えてるんだか分かりやしない(--〆)
この御仁が常に気にしているのが、御隣、新羅と唐の動きなんですよね。

唐の皇帝は誰かと申しますと、武則天です……w( ̄△ ̄;)wおおっ!

この辺の東アジア史、面白いんですよね(^^)v
マジ、またもや病気が出そうな気配σ(^◇^;)

おまえは誰か
HN:
うめぞー
性別:
非公開
自己紹介:
明日は歴史作家!

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