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主人公は天平宝字四(760)年生まれです。
同じ年に生まれた人は、藤原乙牟漏(式家・良継の娘)、藤原縄主(式家・蔵下麻呂の長子)の二人がいます。
乙牟漏の生年をもっと以前に持ってくる説もあるのですが、まぁ、ここは『続日本紀』の亡くなった年齢から逆算して、同年としておきます。
そして一つ年上を探すと、紀広浜(古佐美の長子)。
二つ年上が橘清友(奈良麻呂の子)と、坂上田村麻呂(苅田麻呂の次男)。
四つ年上が藤原内麻呂(北家・八束の三男)。
五つ年上が藤原葛野麻呂(北家・小黒麻呂の子)、藤原園人(北家・楓麻呂の子)。
六つ年上は紀梶長(船守の長子)
七つ年上は藤原雄友(南家・是公の三男)という具合に出てきます。
逆に一つ年下は、藤原乙叡(南家・継縄の子)、他戸親王がいまして、三つ年下に藤原綱継(式家・蔵下麻呂の五男)、四つ年下は紀百継(木津魚の子)がいます。
まぁ、探すのは別に簡単なのですが……どいつもこいつも、まったくイメージが湧かない野郎らばっかり(ーー;)
誰を悪友候補にしてやろうかしら……あまり年上は却下するとして、藤原氏では、後に奥方に逃げられる堅物の縄主とか、要領良い割には影の薄い内麻呂とか、親の七光りでチョッと愚図ったい印象の乙叡とか(~_~;)
橘清友とか捻くれてそうだし、紀広浜とか実は頭悪かったりして???
いえ、あくまで勝手な印象ですから、史実とは違うと思いますが(-_-;)
画像は特に意味もなく、水晶のアップ……こういう天然物が好きです(^^)
大阪の『藤田美術館』で今日(既に昨日)まで『歴史を彩る 教科書に載る名品』という春季展を開催していました。
私がようやく重い腰を上げたのは昨日の事……何せつい最近まで、この春季展の事をすっかり失念しておりましたので(~_~;)
久々に『曜変天目茶碗』が出ておりまして、こいつが一番の目的でしたが、他にもどこかで見たことあるような展示品が目白押し……というほどに広い美術館ではありませんが、私立の美術館としてはかなり充実した展示でした。
実は私、この美術館に入ったのは初めてでして、かつての『萬野美術館』や『出光美術館』(今はどちらも閉館)のような規模の施設を想像していたのですが、もっとクラシックと申しますか、かなりレトロでややこじんまりとした施設です。
ここの雰囲気は『大和文華館』というよりも、法隆寺辺りの宝蔵にチョッと似ているかな?
このレトロさがかえって良い味を出しております。
秋季展では快慶作の『地蔵菩薩立像』が展示されるとの事で、これもまた忘れずに行かねば(^^ゞ
ところで上の画像は何かと申しますと、美術館の庭に建っている多宝塔の九輪にとまっていた烏です。
この辺りと申しますか、隣の藤田邸跡の公園がねぐらになっているらしく、やたらと烏が多いです。
そしてこの画像は何かと申しますと、道を挟んだ向かいにある『太閤園』の庭園にあった石です。
『太閤園』といえば、大阪でもかなり有名な結婚式場……っちゅうか料亭かな?あまりに縁が無いから、良く分かっておりませんわσ(^◇^;)
ティーラウンジに入って、庭を拝見しただけですが、あっちこっちで結婚披露宴が行われておりまして、花嫁さんだけで三人も見てしまいました(^.^)
庭園内にはいったい何処から持って来たのというような石造物等が、品良くあちらこちらに配されています。
私が一番気になったのが、この画像の礎石です。
蓮の花をかたどっていますし、直径が一メートル近くありますから、かなりの規模の寺院の物だと思われます。
おまけに火を受けたような色をしているし……まぁ、大阪にしても京都にしても、町は何度も大火に遭って、大寺院が焼けるような事態も多々あったでしょうからねぇ。
それにしても、何処のお寺の礎石なんでしょう(・・?
しかし……誰なのか分からない人だらけ(ーー;)
藤原氏ですら代替わりが始まっていて、いったい誰の息子?
南北式京、いずこのお宅の出身ですか??
まだ、これだけの高官ならば、少し調べれば分かるのですが、ようやく従五位下に叙位されて名前が初出の人には、それすら分からない人もいるんですわ。
ましてや女官ともなると、全く誰の娘か孫か曾孫か……(・・?
この人の腐れ縁の相手というか、悪友候補を探したいのですが、これがまた見つからない(T_T)
一番年が近いのは、坂上田村麻呂で二つ年上なのですが、天皇の甥の主人公とは、何となく立場が違いすぎて接点が無いんです。
父親は三位、しかし非参議……やっぱり、権門の息子の方が動かしやすいのかなぁ?
この御仁、主人公の同母姉には惚れてるのですが、高嶺の花(おまけに年上)と指をくわえる日々……みたいな、どうでも良い設定はあるんですけどねぇσ(^◇^;)
取り合えず、画像は三月末に写した写真の中にあった、何とも奇妙な雲です。
どちらも動物系に見えるような……
能登守従五位下三国真人広見、謀反を誣告するに坐せられて、斬すべけれども、死一等を減して佐渡国に配さる。
件の藤原種継の暗殺劇から一月半の後です。
三国広見はこの時は既に能登守ではなく、前能登守が正しいようです。
能登守の前には越後介、就任したのは延暦元年の六月です。
その前には主油正(あぶらのかみ)ですが、この事件が起きた時に都にいたとしても、暫く地方に赴任していたのだと思われます。
それとも能登守は遥任で、延暦年間の初めから都にいたのでしょうか。
この人の誣告と、種継暗殺事件とが関わりがあるのか、全く別の騒ぎなのか、史料を眺めていてもはっきり分かる事は無いようです。
長岡遷都間もない次期ですから、件の事件前後にも、謀反騒ぎに結びつくような不穏な動きがあってもおかしく無い情勢なのかもしれません。
こういうネタに、安直に飛びつくべきやら……どうもまだ、時代や人物をはっきりと掌握していないのが、我ながら良く分かって情けないかな(~_~;)
相変わらず、主人公がどこにもいない……今回はかなり至難なパターンだわ(ーー;)
先程までNHKにて、京都のパワースポットを巡るなどというキワモノ的番組をやっていたので、猫の相手をしながら眺めておりました。
もっとコアな所を紹介するのかと思ったら、思いの他、在り来たりの場所ばかりで、何となく期待はずれだったかしら?
要するに昔からの観光地なんですよね。
この類の神社や施設って、私が二十年も前にほっつき歩いていた(また、年が知れるような事を……(--〆)所ですね。
件の神社なんて、宮司さんに占いを頼みに来る人と、御近所の人くらいしかいなくて静かなものでしたわ。
私の友人に言わせますと、そういう場所を訪れたいのなら、マスメディアなどがわざわざ取り上げるパワースポットに行く必要は無いそうです。
誰の田舎にでも、産土とか鎮守とかの類のお宮さんもあるでしょうし、それなりに歴史のあるお寺さんもあるでしょう。
そのような寺社仏閣が現在も残っている、それは人の祈りの場所になっているからでしょう。
そこにこそ力は集まる、それ以前に、力の集まるような場所だから、社や寺のような施設が出来たのだろうと……なるほど、納得(~_~)
この写真を写したのは、既に一月以上前でしょうか、確か下鴨神社の流鏑馬(五月三日)の帰りに途中下車した場所でですから。
道から線路を見下ろしたところに、おなじみのオレンジ色の芥子(ナガミケシ)と一緒に咲いておりました。
こいつがどういう花なのかと申しますと、こちらを参照して下さい。
私がこの花を知ったのは二年位前のニュースででした。
その時に既に見覚えがあって、とある公共施設の花壇に咲いていたという状況でしたか(・_・;)
既に花の季節は終わって、その辺のナガミケシの実も枯れかけてます。
この画像の花、駆除されたのやら……パソコンに落とした写真を少し整理していて、これが出て来て思い出した次第です(~_~;)
17時からのイベントでしたので、勿論の事、薬師寺は拝観無料(~_~)
スポンサーがネスカフェと言うだけありまして、会場では話題の『ネスカフェ・バリスタ』で入れたコーヒーのサービスまでありまして、今日も至れり尽くせり(~o~)
ところで17時過ぎくらいに薬師寺に着いたのですが、人手がかなりすごいんです。
圧倒的に女性が多い?!
それもそのはず、このイベントの一つのハイライトとして、俳優の大沢たかおさんによる朗読劇があるためなんですね。
私も結構、この俳優さんは好きなんですが……朗読劇の内容は『義経』
何で薬師寺で『義経』なのさ?
奈良でこれをやるんなら、吉野の金峰山寺辺りが相応しいのと違いますの?
なんて事を友人と言っておりましたが、実を言えばチケットの高さがネックでしたわ。
だって私、知る人ぞ知る『判官不贔屓』、源平盛衰記は結構好きなのですが、義経は常に二の次どころか三でも四ですらない存在(--〆)
やはりネスカフェゴールドブレンドのCMに出ておられた、世界一のプラネタリウムを造った大平貴之さんを初めとした一流どころのチームによるイベントだそうで、こりゃもう、行くしかありませんってσ(^◇^;)
すごかったです。
堂内の壁や天井といわず、仏像や柱、見ている人々までが満天の星。
観音像の光背に降り注ぐ星が、本当に宝石の輝きです。
これがアトランダムな光ではなく、実際の星空、北斗七星や銀河もあるんですよ。
朗読劇が始まった途端、人がかなり少なくなったので、暗くなるのを待つついでに三度も見てしまいました。
二日だけだなんて、もったいない……またどこかでやって欲しいです。
平城宮跡の大極殿じゃ無理だわねぇ、あそこは前面がガラス張りで光を遮断できないし。
まぁ、今日の昼間、奈良国立博物館でのトークショーが、チョイトハズレ(セカンドページ参照)だったので、このリベンジはとっても良かったですわ(^。^)(*^_^*)(^・^)
とにかくこれでもかという数の人事改正が行われているような気がするのですが、これも一種のトリックかもしれません。
先日にも書きましたが、この頃から五位の人達が多くなりすぎているのか、それ以上のポストに兼任官が多いためなのか、本来は六位や七位の人達が着くべき官職に、従五位下(上)、外従五位下程度の官人が着けられています。
史料に記されるのは、基本的に五位以上ですから、とにかく五位の人が増えているのは確かなのでしょう。
それにしてもここでよく見える名前があります。
藤原氏は勿論なのですが、紀氏、佐伯氏、石川氏、文室氏って、前朝でも、こうも多かったかしら?
それから真人の姓の人も多いですね。
これは孝謙天皇の頃から、皇孫やその子供らに賜姓して臣下に下ろす傾向が増えているせいでしょうかねぇ?
真人姓の人のみでなく、皇族も割合に多いような気がします。
気のせいかと思ったのですが、やはり桓武天皇は皇族や紀氏(父方の祖母の家)の人々を官界で活躍させる事で、王権の支えの一つとしようとしたのでしょう……やっぱり前途は多難という見方が、かなり大きく圧し掛かっていたんだよね(・_・;)
藤原氏に関して言うと、何となく南家寄りのような気がするんだけど、これはどうなんだろう?
別の方面からも眺めてみませんとねぇ。
画像は内容と関係なく、大和高田市内のお寺にあった幕末期の石仏です。
葛城地域らしく『役行者』ですね。
地蔵菩薩ほどではありませんが、この辺りでは時々見られます。
四月の末に、『38社』のイナリ様よりバトンを頂きました。
忘れた頃に回答いたします。
え~と、「創作競り合いバトン」との事でございます。
イナリ様よりの御指定は、「白壁王と藤原仲麻呂」でしたので、以下より参りますm(__)m
「創作競り合いバトン」
・創作キャラを2人(+ツッコミ1人登場もOK)登場させて、なりきって答えて下さい。
・喧嘩乱闘第三者乱入何でもOK
「白壁王と藤原仲麻呂」
1.お名前を教えて下さい。
仲麻呂「藤原朝臣仲麻呂です」
白壁王「白壁王です」
仲麻呂「他に言うべき事は無いのか」
白壁王「無い」
仲麻呂「では、俺も無い」
白壁王「そういう訳だ、次の質問を」
2.頭がいいのは?
白「そうだな、私の兄も良かろうが、やはり皇后(おおきさき)か」
仲「御身、東大寺のクソ坊主を褒めておらなんだか」
白「あれは頭が良いのではなく、ずる賢い」
仲「それならば叔母上も、その類に入る。そもそも甲賀寺造営時、あの二人が裏の方で何やら手引きをしてくれた御蔭で、俺たちは良いトバッチリを受けたのではないか」
白「受けたのは私であって、御身は皇后と一緒になって漁夫の利を得た口ではないか。それに皇后が信頼していたのは良弁師ではなく行基大僧正だ」
仲「では一番頭が良いのは大僧正か」
白「それは否定せぬが、この場合の頭が良いはそういう意味ではなかろう」
仲「ではやはり、皇后かクソ坊主のいずれかと」
白「いや、この質問、当初より分かっていてボケているのであろうが、誰が頭が良いかではなく、御身と私の何れが、という意味なのは分かっておられような」
仲「そのような事は当初より理解しておるわ。しかし、宮が先に皇后が云々と言い始めたのであろう、ゆえに俺も付き合うている訳だ」」
白「本当に分かっておるのか」
仲「御身こそ分かっておるのか、今気が付いたのではないのか」
白「いいや、私は御身が言い出すのを待ってやっていたではないか」
仲「要するに、何れが意地が悪いかを競いたい訳か、御身」
白「競おうとは思わぬが、それはハッキリしておろう」
仲「御身か」
白「いいや、御身だ」
仲「……絞められたいのか、御身」
白「御身こそ、恥を知れ」
道鏡「そうです、御二方とも恥を知るのは良い事です」
仲「どこから湧いて出たのだ、クソ坊主の弟子が」
道「クソ坊主とは聞き捨てなりませぬな、僧都に対して」
白「認めておるな、御坊」
道「勿論です、いや、我が師はクソ坊主でもイケズでもドケチでもムッツリスケベでも鉄面皮でも厚顔無恥でもありませぬぞ」
白「相当、溜まっているものがあるようだ」
仲「気の毒に、親は選べぬが師は選べようものを……」
3.運動神経がいいのは
白「うちの息子らは良いが、私はあまり自身がない。だがやはり、山部などは母親似ゆえに実に敏捷だ。百済王の家も倭史の家も、そちらにかけては滅法優れておる故に」
仲「つまり自慢か、それは」
白「決まっておろう。それで御身は如何なものか、藤原の家も阿倍の家も敏捷性にかけては似たり寄ったり、まぁ、私の母方は武官も多い故、御身ほどではなかろうがな」
仲「要するに、俺よりも御身の方が優れていると言いたい訳か」
白「勿論だ。反論できるのなら存分にされよ、いくらでも受けてたとうではないか」」
仲「……絞められたいのか、御身」
白「またそれか。それでは反論になっておるまい」
道「いやはや、御二方とも、山に籠もった事も滝にうたれた事も、峰峰を回った事もあられますまい」
白「熊にまたがりお馬の稽古をした事もない」
仲「ケダモノ相手に相撲の稽古をした事もないぞ」
道「私は何者ですか、いったい」
白「良い、次の質問に行け」
仲「そうだ、次の質問は」
4.歌が上手いのはどちらですか?
白「知らぬ」
仲「言い切るな」
白「では御身に勝ちは譲ろう」
仲「譲ってもらうても困る。御身の家は、御尊父も兄君もその道には名を馳せておられように、どうして御身は歌が苦手なのだ」
白「御身の叔父上らも、先の左大臣(長屋王)の宴の常連ではなかったのか」
仲「それは御身の御尊父もであろう」
白「掴み合いの喧嘩はせなんだであろう、叔父上らは」
仲「されたのか、親王が左大臣と……」
白「今や伝説だ」
仲「……やはり、御身の父上だ」
白「恐れ入ったか」
仲「いや……」
道「はや……」
白「その坊主、絞めても構わぬぞ」
5.モテるのはどちらですか?
仲「白壁王です」
白「どうした、内室と喧嘩でもしたのか」
仲「喧嘩などしておらぬ」
白「そうか、では決まりだ。私の方がモテる」
仲「何故、そこで結論付ける」
白「否定して欲しかったのか、往生際が悪い」
道「そう、潔い事こそモテる秘訣です」
仲「また出たか……クソ坊主の弟子」
白「何用かな、『四分律』でも説きに来られたのか」
道「残念ながら、私はそちらには精通しておりませぬ」
白「そうなのか。興福寺の慈訓少僧都が、なかなか為になると言うておられたが」
仲「にわかには信じ難い。御坊であれば実践もされておられると推察しように、やけに謙虚ではないか」
道「誰が実践しているのですか。大体、御身様方、何処でそのような経典を学ぶ機会があったのです」
仲「東大寺だ」
白「僧都こそが、そちらを極めたと聞いておる」
仲「あのクソ坊主、それ程にモテるのか、坊主の仲間内では」
道「そうですね、若い頃には相当なものだったとか」
仲「なるほど、御坊も師に恵まれておられるな」
道「いえいえ、滅相も(喜)」
6.動物に好かれるのはどちらですか?
仲「道鏡師でしょうな」
白「賛同いたす」
道「やはり動物は人とは違い、人の本質を見分けましょうからな」
仲「馬には相当好かれておられよう、御坊」
白「鹿にも、やはり好かれておられるそうな」
道「いやいや、恐縮でございますな」
7.運が悪いのはどちらですか?
白「私だな」
仲「今はそれで良かろう。次の質問を」
白「最後に笑うのは分からぬが」
8.ここなら相手に負けない!っていうのはありますか?
白「あえて上げる事もあるまいに、何を比べようと言うか」
仲「ああ。多々有り過ぎて、枚挙するもおこがましかろう」
白「せぬが互いの為だ」
仲「俺も同感だ」
道「……自意識過剰と自惚れは負けぬ、そういう意味ですかな」
白「悪い事は言わぬ、御坊はそろそろ寺に帰られよ」
仲「今であれば身の安全は、この私が保証しよう。しかし、時を逃せばそれも致しかねぬ」
白「御坊の家柄では分かるまいが、父祖の代より皇家の者らは指を上げるだけで、どれだけの事をしてきたと思う。弓削連は物部朝臣に同祖といえども、神代より臣下である事は変わりあるまい。臣が君に弓を引くは、決して許される行為ではない。しかし、その逆は如何なものかな」
道「はい、分かりました……では宮様、私はこの辺りで御暇を頂きたく存じます」
仲「分かったであろう、宮の絶対に誰にも負けぬという自信が。何せ作者からのエコヒイキが誰にも負けぬのであるから、あの作者の目の黒い内は、たとえ主上であろうとも適う訳がない。俺も御坊も主人公に勝とうなどと愚かしゅうは思わぬ事だ」
道「肝に銘じておきまする」
白「大儀であった、良きに計らえ」
仲「御身、白壁はやめて黒壁に改名せぬか」
白「御身は長浜市観光協会の回し者か」
仲「いや、これ以上、何も言わぬ……」
まぁ、全然面白くありませんね(-_-;)
「次にまわす方5人と、その方のキャラ2人」だそうですが……誰か奇特な方がおられたら、持って行って下さい。
