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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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朝から雨……こりゃ、石上神宮の御渡り式は中止だねぇと、昼前くらいから東大寺に行って来ました。
本日は『大仏さま秋の祭』、朝から法要と献茶式があるのは知っておりましたが、こちらには全く間に合う時間ではなく、午後からの『慶讃能』が雨天の場合は金鐘会館で行われると聞いていたので、そちらを見に行く事と致しました。
13時半からの開演だったので、例によって『東大寺ミュージアム』で時間を潰し、ホールの前に人が少し集まり始めたので並んでいたところ、関係者の方が招待券を下さいました。
お蔭様で、かなり良いポジションにて鑑賞できました事、大変感謝いたします……と、ここで御礼を言っても見ておられない事はほぼ確実かとσ(^◇^;)

演目は『清経』……平家物語に取材した修羅ものです。

昔見た時には特に何に共感したというストーリーでもなかったと言うか、むしろどうして世阿弥はこのような人物をわざわざ、このような物語立てで描いたのかが疑問でした。
小松大臣重盛の三男でしたか、この人は。父にも祖父にも死なれて、平家一門が都落ちをした後、一番最初に入水自殺をした人……何とも身も蓋もない表現で(-_-;)
昔書いていた話の中で、件の世康親王(大覚寺統の親王)が三郎(世阿弥)に対して、
「どうしてこのような詰まらぬ壮士を書くのか。私ならばその兄の資盛を書こうものを」と批判なのか愚痴なのかをこぼすシーンを持って来たのですが、これがまさに私の感想でした。

ところが……何故なのか後シテ登場の後、急に泣けて来た……泣けて来たのに、どういう訳か疑問なのは、これって果たして泣くような内容なのか?
武者の家に生まれ、戦の場を逃げ出すようにして入水した夫を恨む未亡人の心情はまだしも、幽霊となって現れた亡夫に妻はののしりに近い言葉を吐く……何せ、遺髪も要らない、宇佐八幡宮に奉納してくれと言ったほどの気丈な女性のようで。
夫は自らと一門の追い詰められて行く身と真情を語り、ついには夜の海に船を浮かべて身を投げたものの、死後の世界も修羅の巷だと嘆く……

何で、泣けてきたのか……何かにシンクロしていたのかしら久々に。
でも、見終わった後の気分は決して悪い物ではありませんから、そうねぇ、年をとってこちらの心境が変わったって事なのかもしれませんわ……( -」)φ清経中将は念仏によって成仏したらしいです。

歌枕直美さんの やまとうたコンサート生憎ながらお能の方の画像はありません。
特に写真は禁止でもなかったようで、あちらこちらでシャッターを切る音はしていたのですが、珍しく大人しく見ておりました。
それにしても、ストロボは切っておけよな……最低限のマナーと違うのか?(--〆)

この後、16時から歌枕直美さんのコンサートもありました。
画像はその時のものです。
ホールの広さがちょうど良かったようで、マイクなしの生の声での、一寸スペシャルなライブでした。
今回は『和歌劇』ではなく『やまと歌』でしたので、純粋に歌を楽しめば良いというところでしょうか。

それにしても、『おしとど』と歌垣を軽やかに歌い上げる歌姫の声の裏で、為政者らの陰謀劇が浮かんでしまう私は、やっぱり病気ですわ?(゚_。)?(。_゚)?( ̄▽ ̄)。o0○?(゚_。)?(。_゚)?
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このタイトルが何かと申しますと、本日、奈良大学のオープンキャンバスの特別企画として行われた『河瀬直美氏 映画上映会&講演会』の講演会のタイトルです。

ちなみに映画は『火垂 2009version』でしたが……始まった途端、画面のトーンがかなり奇妙なんです。
2000年に公開された作品を御覧になった方は御存知でしょうが、この作品は東大寺修二会のお松明で始まり、お松明で終わります。
この火の色が黄緑がかっていて、かなり変です。
ちょうど超高感度カメラで暗闇のかすかな光を写した時のような感じでしょうか。
それだけでなく、人物の顔色も変だし、ヒロインの口紅の色もこげ茶色??
どうしてこのヴァージョンは、タイトルに反したような奇妙なトーンで編集し直したのかと思っていたら、何とこの会場のプロジェクターの不調で、赤の色が飛んでいた(つまりランプが切れていたか何か)ためのようです。

ハプニングはともあれ、私としてはこの作品は、河瀬監督の作品中では比較的分かりやすいと思っているのですが、それでも感情移入までにかなり時間が掛かります。
やはりこの方の作品はどう取っ付いて良いのか、困るところが多いです。
いえ、あくまでも私の場合ですから、ストレートに入って来る方も大勢おられると思います。

何せ登場人物たちがかなり無口なんですよ。
饒舌なキャラクターぞろいのハリウッド映画に馴らされている私のような俗物には、彼らの切れ切れの会話から推測する物語の背景や、現在の流れや、登場人物の心の動きなどにうまく乗る事が出来ないとでも申しましょうか。
監督の言われる自然体がかえって不自然に見えてしまうのは、映画を非現実のエンターテイメントとして捉えているためなのでしょうか。
そして、大抵の作品に共通するように、BGMを極力抑えているので、物語が平板に淡々と進んで行くのに着いて行くのが、場合によってはかなり疲れます。

それにしてもキャラクターの寡黙さのために、最後まで分からない事も多いです。
終始疑問だったのが、ヒロインの恋人は陶芸家らしいのだけれど、普段はどうして生計を立てているの?
奈良だから、瓦屋にでも勤めているのかしらと一瞬、思ったのですがその様子もない……
祖父と一緒に造った窯があって、そこに火を入れるシーンもあるのですが、肝心の作品を作っているシーンも、窯に詰めたり取り出したりするシーンもない……
そして最後に、ヒロインと二人で窯をぶっ壊すシーンがあるのですが、それに至る意味が私には全く分からない……
そんな事、考えるのが間違っていると言われればお終いですが、受け取る側が分からないという事は、時として物語には致命的になる事もあるんですよね。

講演を聴いていても、監督の言いたい事はすごく分かるし、共感もすんなりと出来るのに、どうして作品になってしまうと巧く受け取る事が出来ないのか、なんともジレンマに苛まれます。
奈良の歴史風土に誇りを持たれている事も、本当に良く分かります。
質問の時間で何人かの方が、歴史を扱った作品を是非とも撮って頂きたいと(多分、社交辞令的に)言われていたのですが、やはり河瀬監督の本領は、普遍性を多分に含んだ現在進行形の日常でしょうか。
地層のように重なって積もった歴史という要因は、作品にはとても重要だと思うのですが、地層内に包含される歴史上の人物や出来事には、それ程の必然性は無いのだと思います。
まぁ、はっきり申しまして、河瀬監督の描くような世界は私には絶対書けないし、私が捻くり回すような与太話は、監督には不必要な世界だというところかなσ(^◇^;)

……んで、次の作品は橿原や明日香が舞台だというのは、あっちこっちで聞いているし、編集はほぼ終了しているので今年の秋には封切とも聞いているのですが、果たして私は見に行くのでしょうか。
やっぱり私には、玄人受けするような芸術的(?)作品は、高くはないけれど越し難い敷居があるような気がして、素直に受け入れるのが難しい事を今更ながらに実感致しました……(/_;)
『田村』前シテ昨日、『芝能』に行きました。
昨年から場所も主催者も変わって、何と県庁の前庭で行っています。
今年の演目は金春流仕舞『網ノ段』(桜川)
         大蔵流狂言『呼声』
         金春流能『田村』(白式)

『田村』とは坂上田村麻呂の事、清水寺を詣でた東国から来た僧侶(ワキ)が、花守の童子(前シテ)から寺の創建の由来を聞き、満開の桜を共に堪能するのですが、さて、童子はとある御堂の中に消えてしまう……
近隣の物知り人(アイ)が言うには、その童子は田村麻呂その人ではないのか……なんでそういう結論になる?入っていった御堂が『田村堂』だからです(^^ゞ
やがて夜になり、僧侶が回向しながら待っていると、田村麻呂の霊(後シテ)が現れて、観音の霊力を借りて鈴鹿山で鬼人を退治した経緯を語って行くのでした……

相変わらず、謡曲のストーリーには突っ込みどころ満載ですねσ(^◇^;)
だいたい、田村麻呂大将軍、自慢話に出てきた訳?

『田村』後シテ県庁前なので、このように奇妙な借景です。
『白式』というのは、白をメインにした装束の事だと思ったのですが、本来は何色の出で立ちになるのか不勉強で分かりません。
『田村』は何度も見た事があるはずなのですが、憶えておりませなんだ(~_~;)

ちなみにシテは櫻間右陣さんです。
ここ最近、能楽とはかなり疎遠なのですが、もしかして櫻間眞理さんが右陣を襲名してから初めてかな、この方がシテをつとめるのを拝見するのは?
ともあれ、昨日も日差しもあって暖かく、少し風はありましたが、野外能には良い日和でした。



ここからは、このイベントとは全く関係のないボヤキです。
この何日かネット上の記事を幾つか見ているのですが、どうしてジャーナリストという肩書きを名乗る方々の一部は、ああも一方的かつ断定的かつ侮蔑的なのでしょう。
更に言えば、上から目線全開という感じですか……私だけが真実を教えてやっていると言わんばかりに、国や大きな組織の批判をしておけばヒーローだと公言したようです。
大多数の報道関係者は良識を持って、客観的に事実を伝えようとしていると信じたいです。
それなのに影響力のあるメディアや個人が、デマに踊らされて、やれスクープだトピックスだ素っ破抜きだと、不確実なニュースを垂れ流しているようで悪意すら感じてしまいます。

ボヤキはこの辺にしておいて、今日は高取町の『雛めぐり』に初めて行って来ました。
こちらはまた後日にm(__)m
ed539924.jpeg12月の18、19日に奈良県文化会館で『NARASIA2010』というイベントが行われました。
実を言うと私はこのイベントを『平城遷都1300年祭』のファイナルイベントの一つだと勝手に思い込んでおりました。
ところがどうやら違うようで……何やら趣旨が分からないまま、二日あったイベントの二日目だけ拝見して来ました。
拝見しまして、更に趣旨が分からなくなっているような……

いえ、イベントそのものはとても素晴らしかったと申しますか、充実していたし、満足感も十二分に得る事が出来る内容だと思うのですが、その後に何が残るのか、どうも一過性にしか思えなかったのは、私の捉え方が悪かったのでしょうか?????

主催者の言いたい事は何となく分かるような分からない様な……
一流のもの、本当のものは必然的に残るものなので、そのようなものをもっと身近に触れられるようにするべきだと、そのような意味の事を何度か言っておられたのですが、さ~て……このメッセージを発信する有識者の本物意識と、市井の本物意識は、果たして何処まで合致しているんでしょう?
一歩間違うと、取り除こうとした敷居が、更にそびえているような気も致しました。
それが端的に現れていたのが、現代音楽のセッションで、聴衆は何処で拍手をするべきか判らなかったようなエピソードなのではないかしら?

昨日、今年のシングルCD売り上げのベスト10が、『AKB48』と『嵐』に席巻されてしまったというニュースを伝えていましたが、このイベントの主催者のどれだけが、このアイドルグループの歌を真剣に聞くのでしょうかねぇ……まぁ、私も聞きませんけどねσ(^◇^;)
一体、私も含めたような俗物が、この有識者に近付くべきなのか、有識者らがもう少し視線を下げてその辺の流行を眺めるべきなのか、接点は無い事もないのでしょうが(~_~;)
本当なら春日大社でおん祭り関係の講演を聴きに行くはずだったのですが、急遽予定を変えまして、わらび座カンアミ伝を桜井市民会館に見に行きました。

このところ演劇も市民劇団やセミプロのものばかりを見ていまして、商業演劇は本当に久々です。
おまけに私の世代では、わらび座と聞くと学校訪問をしてくれる演劇集団というイメージを持っている方も少なくないかもしれません。
ここ最近だとやはりオリジナルミュージカルなのかな?
ホント、舞台芸術の方に滅法、疎くなってしまっていけません。

確かこの作品、先々月に川西町でも上演されていたと思いましたが、用事があって行けずじまい、桜井市民会館での上演を知ったのは、つい一週間前、急いでローソンチケットで前売り券を買ってきました。
しかし巡回上演も、行われるホールによってチケット代がベラボウに違うのに驚きます。
ちなみに奈良市や大阪市での上演は、桜井での1.5倍の金額になっています……

さて、一人の人物の生涯を描くとなると、一番重要になるのはその人のキャラクター立てです。
観阿弥清次という申楽の大家をどういうキャラクターとして捉えるか、多分、ミュージカルとしてのこの物語は、結構良い感じに展開していると思いました。
二時間足らずの舞台ですから、下手にエピソードやキャラクターを欲張っても物語に締りがなくなるし、何か一本テーマを通してもらわないと、ストーリーそのものが破綻していしまいますからねぇ。
だから、カンアミは芸能一筋の大家という素直な捉え方で、感動的な物語に仕上がっておりました。
役者さんたちも躍動的で素敵(*^。^*)
特に女性陣がとても魅力的に描かれていました。

やっぱり、ライヴの舞台は良いですねぇ。
席もどういう訳か最前列だったので、役者さんの地声まで聞こえそうな距離で見ておりました。
ミュージカルですから、ややこしい所は気にせずに、舞台そのものを楽しめば良いですしね。

た~だ~し~、歴史小説となると、こうもストレートな物語では、絶対に済まないと思うのですがね……(~_~;)
私もかつて、この辺の時代は扱っていて、観阿弥清次は重要な脇役で出てきますが、もう全然他人ですσ(^◇^;)
本人は関わりたくないのに、河内の(母方の)従兄弟どもはやたらに介入してくるし、足掛かりにしたかったはずの鹿王院の大樹は、吉野から(下りてこなくても良いのに)来た儲宮と結託して、結崎座も権謀に引き込もうとするし、息子どもには関わるなと諭しているのに、長男は積極的にそちらに絡みたがるし……これじゃ観阿弥大夫、駿河あたりで暗殺(説を一応採っております)される前に、胃潰瘍か何かでぶっ倒れますわ(@_@;)
大極殿をバックに?騎射』という言葉が『続日本紀』に最初に見えるのは、文武天皇二年三月の事、

辛巳(21日)山背国賀茂祭の日、衆(もろひと)を会(あつ)めて騎射(うまゆみ)することを禁(いさ)む。

今でも京都の下鴨神社で五月三日に『流鏑馬神事』が行われていますが、この記事から、実に1300年にも及ぶ伝統がある事が分かります。

六位の兵衛というところでしょうか『騎射』とも『射騎』とも記されますが、この行事は五月五日の端午の節会として『走馬』と共に行われた事が、様々な記録に見えます。
本来、この日には鹿の袋角などを得る行事の『薬狩(薬猟)』が行われました。
天智天皇七年の五月五日に行われた蒲生野の薬猟などが、最も有名な例でしょうか。



馬も射手もたいへん美しいものです。大宝元年五月
丁丑(五日)、群臣五位以上をして走馬(はしりうま)を出(いだ)さしむ。天皇(すめらみこと)臨み観(み)たまふ。

ここでは五位以上の官人によって行われる『走馬』の行事しか書かれていませんが、『騎射』は衛府の武官で、馬の弓も得意な者が行ったのだそうです。

本日、平城遷都1300年祭の秋季フェアの行事として、この『騎射(うまゆみ)』が行われました。
御奉仕は、下鴨神社でもおなじみの小笠原流の方々です。
私は再々申しますと、三嶋大社の夏の大祭のハイライト、武田流の流鏑馬を昔から見ておりましたので、この神事は割合になじみなのですが、知識は殆どありませんσ(^◇^;)
小笠原流と武田流が二大流派になるそうです。

小笠原流弓馬術の若先生、小笠原清基氏この射手は小笠原流の御曹司だそうで、下鴨神社でも五位の赤い武官装束で務めておられましたか、左近衛少将とでもいうところかな。
今回の浅紫は三位以上ですが、こんな若い三位が奈良時代にいるとも思えませんから、諸王でしょうか……従五位下近衛府少将山部王(いつもの張ったりです)ってな具合???







縁台の上での宴……夏の宴ですね(~_~)平城宮の東院庭園で10月11日に行われた催しです。
「曲水の宴」と書いて「ごくすいのうたげ」と読むべきでしょうか、3月3日に京都の城南宮や福岡の大宰府天満宮などで行われていますが、そちらは平安時代に成立したものだそうで、今回の催しは、おそらく奈良時代にはこのような様式で行われたのではと、復元されたようです。

コンセプトとしては、主催者は天皇として、ホスト役にこの画像の立っている男性を指名しているようです。
濃い紫の朝服ですから、一位か親王クラスと思っておいて良さそうです。
薄紫の朝服は三位以上か皇族、濃赤は五位以上の官人となるようです。
女性三人も、それぞれその官位相当になっていまして、解説ですと髪型も階位によって変えているというのですが、この辺りの事はよく分かりません……唐あたりの例でしょうかねぇ?

天皇(ここでは直接登場しておられません)から詩歌のお題を頂き、それぞれが自由に周辺を散策などしながら考えるのですが、読まれるのは三十一文字ではなく漢詩です。
お題は『吉野』、懐風藻に載っている五言律詩が読み上げられていました。

司会進行の方のアナウンスと、漢詩を読み上げる方の言葉以外に台詞は全く無く、出演者はひたすら無言で演技をされていました。
どこかの劇団の俳優さんでしょうかねぇ?
その間中、広廂の上で演奏をしているのは、ご存知『天理大学雅楽部』の学生さんたちでした。

ところで……画像を見ても分かると思うのですが、天皇の御前という設定なのに、男性陣は三人とも太刀を佩いたままなんです(~_~;)
これって、不敬罪じゃ済まないと思うのですが、誰が監修してるんだ???(゚_。)?(。_゚)???

NHKの総合テレビで15時50分から、天皇、皇后両陛下を御招きして、昨日に行われていた『平城遷都1300年祝典』の録画を流していました。
本当なら昨日の午前中に生中継をするはずだったのが、国会中継で流れてしまいまして、今日になったのだそうです。
もちろん、招待者のみですから一般人は殆ど参加できなかったそうですが(~_~;)

ところでここで芸能のプロの方々が祝典劇をされていました。
最初に藤原朝臣不比等と県犬養橘宿禰三千代の二人が、官人や女官を引き連れて登場しまして、遷都の詔を読み上げておりました。
この藤原右大臣役が野村万蔵さんだったのですが……

先代の万蔵さん(今は萬さんでしたね)は割合に、私もお馴染みなのですが、今、この名前を襲名したのはどなた?
御長男の万之丞さん(耕輔さんでしたっけ?)が襲名前に亡くなって、もしかして弟さんが継いだの??
……というと、良輔さん(この字なのか?)か???
う~ん、30代の頃はもっと細面だったような気がするんだが、だんだん親父様や御兄さん同様の丸顔になって来たような……って、何か滅茶苦茶、失礼な事、言っておらんか(ーー;)

まぁ、野村さんの御宅はともかく、やっぱりプロの方々がされているだけあって、テレビで見ていてもなかなか面白かったです。
天皇陛下の御言葉も聴けましたしm(__)m

それでこの後、件の歴史ドラマの再放送が始まったところで、タイミング良く(?)友人から電話で呼び出されて、なぜかスーパー銭湯に行って来ましたσ(^◇^;)
件のドラマは見なくても良いのよ、って事なのかな?
後編の方も、しっかり出かけている時間なので、十中十まで見ないと思いますけど(゜_゜)

メキシコ対アルゼンチン、見たいけど3時にキックオフ……
明日、ダイジェスト見るので我慢しておきましょうか。
そういう訳で、四年に一度、にわかサッカーファンになるうめぞーでした。
ともあれ、ドイツは勝ったか。
韓国とアメリカが負けたのは残念だが(-_-;)
余力は火曜日に残しておかねば??(゚_。)?(。_゚)??
土曜日に二週連続でやってたNHKの古代史ドラマとやら、各所にて批判の声やら不満の感想やらが散見されるようになりましたので、私としては以前もやったように、人の突っ込まないところを非難してやろうじゃないのと、結構図に乗っております(ー_ー)!!

さて、「不知命、無以為君子也」――命を知らずば、もって君子なること無きなり――で良いんでしたっけ、論語の一節だったと思うのですが。
天命を受ける者は選ばれた者、『受命思想』というやつでしょうか。
大唐帰りの頭でっかちの下道朝臣真備の事ですから、皇太子の学士に任命された時、後の大学での必須科目よろしく、この類の講義もした事でしょう。

「宜しいですかな、皇太子様。皇家に生まれた事さえ選ばれた存在、ましてや日嗣に任命されるとなれば、御身様こそが天に選ばれなされた御方と言えましょうぞ」
なんておだてた後に、
「もし君子に徳がない時は、天がそれを示されましょう。天は災いを起こし、地は乾き、人は病に倒れましょう……それは君子の不徳を天が示す印なのです」
ってな具合に脅しをかけもしたのではないかと思います。
「かつて唐より以前の王朝は、この徳を失ったために滅びたのです。そして王家の姓は今の李氏に変わりました。天は新たに君子となるべき者を見出した、これを易姓革命と呼びます」
ウンたらカンたら……誰か(私じゃないですよ)だったら、講義中に居眠り位してたと思います(-_-;)

そういう訳で、あのドラマの最後の方で、二度目の遣唐を果たして帰還した真備が、紫微内相の藤原恵美朝臣押勝に頭ごなしの説教をする場面があるのですが、こいつはかなりの見当違いですわね。
かつて海の向こうから疫病が来たのも、長雨が続いて冷害が起きて不作が続いたのも、それによって各国に更なる疫病が蔓延したのも、当時の思想によれば為政者よりも君子の不徳のためとされるべきなんですわね。

大学頭だの何なのを歴任して、史部などに限らずとも良家の子息らを十三歳で大学に入れて、しかるべき教育をしろと提言した張本人が、これらの思想を全然理解していなかったって事になりますわね。
そりゃ、さっさと大宰府に行けと追い払われる訳ですわねε-( ̄ヘ ̄)┌

もう一つ、行基和上率いるところの七百五十人もの優婆塞を得度させろ云々のくだり……これ、当人らの希望をまるで無視した為政者側のエゴ丸出しの方便ですね。
彼らがどうして和上の元にいるかを理解していないようです。

彼らの大多数は、地方出身の逃亡良民です。
良民であるという事は、土地に縛り付けられて課税の対象とされるべき人員なんですよ。
ここで和上の世話になって、帰ろうと思えば帰る国はあるにしても、再び田租を重く課せられる身、更には逃亡した事によって良民権を剥奪される恐れもあるような立場でしょう。
だから優婆塞でいるんです。
これを得度させて正式の僧侶とした時、確かに僧侶には納税義務はなくなるでしょう。

しかし、続日本紀などに見える実情は、例えば毘盧舎那仏造営に際して官奴を良民にするという詔勅が出ても、造営が終わった後にこの命令を取り消されて再び奴婢に戻されるような非道な扱いです。
直接に書かれてはいないと思われますが、行基大僧正の遷化の後、これらの僧侶は再び還俗を強いられて元の国に戻され、かつての土地に縛り付けられるという現実が待っていても、決して不思議ではありません。

それにしても教義も何も知らない者がいきなり僧侶になれといわれ、彼らはどこに行く事になるのでしょう……結局は僧侶は僧綱の下で支配されるのですから、国に良いように使われる羽目になりはしないのでしょうか。
疑問なのですが、作者たる人は、こういう事、史料を眺めていて思わないんでしょうかねぇ……私ゃ、しょっちゅう、この類の疑問が湧いて来て困るんですよね。
困るから無視したら……ああいう意味不明の物語ができるのかなぁ((+_+))私にゃ致命傷だわ(>_<)
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