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こちらの花はイングリッシュローズ、往々にして花びらが多いのが特徴ですから、雨にはかなり弱そうな気がします。
何をまあ、こんな雨の日に花なんぞ見に出かけたのやら……
近所のホームセンターに猫のご飯を買いに行きまして、そこから車でなら五分とかからない距離なので、気が向いて行って参りました。
これで天気が良ければ、一番の見頃の時季とあって、絶対に混雑しているはずですが、朝から降り続く雨で門前の駐車場には私の車のみでした。
しかし三々五々、雨の中を人は来るものです。
おかげで花を見に来た人も、早々に引き上げて行くようでした。
晴れろとは言わずとも雨さえ上がっていれば、何方ももう少しゆっくりとしていたと思うのですが。
境内の奥の日本庭園にも茶房にも誰も居ない様子で、せっかくの週末、チョッと勿体無いと思えました。
さ~て、ここからはどうでも良いような阿呆話(^^ゞ
とある方のHPで、今月の初めに下鴨神社を訪問していた俳優のM山Kンイチ(今日も意味のない伏字)さんの写真を拝見しました。
これが笑えるというか、ドン引きするというか(~_~;)
何処の花粉症のお兄さんだよというような、白いマスクをこれ見よがしにしておられました。
その姿で神社の行事に参列しているのですから……余計に目立つのと違う?(・・?
L(デスノート)、クラウザー様(デトロイト・メタル・シティ)、カムイ(カムイ外伝)に続き、もしかして人造人間キャシャーンでもやるつもりか……ってな風貌に見えないでもない(-_-;)
こういう場面では着物を着ろとまでは言わないけど、髪の毛なでしつけて、スーツ着て、ネクタイ締めて、黒縁か銀縁の四角い眼鏡でもかけてた方がずっと目立たないかもね^_^;
確か藤原縄麻呂の薨伝には、宝亀年間に皇太子傅に就任したと書かれていたはずです。
最初は宝亀二年に立太子した他戸親王の東宮傅だとばかり思っていたのですが、こちらは大中臣清麻呂の役目のようで、そうなると宝亀四年の山部親王の時という事になりそうです。
もしかしたら、大中臣清麻呂が何らかの都合で解任されて縄麻呂に変わった可能性や、二人が一緒に就任したという可能性もありますが、他戸親王が皇太子でいた期間は二年弱なので、やはり山部親王の時で良いのかもしれません。
ここで疑問……この令外官の仕事って何?(?_?)?
『傅』という字は『もり』とも読むようで、皇太子傅となると皇太子を教え補佐する役目と考えられているようです。
しかしですよ、立太子した時の山部親王って三十六歳ですよ、四十五歳の縄麻呂に何を教えてもらおうっていうんですかね?
中務省畑に長々と所属して(ってのは私の設定か^_^;)、太政官のみならず各省や後宮の弱みも良く知っているような御仁と、先の女帝の懐刀的な藤原南家きっての切れ者とじゃ、真っ当な王道なんぞ冗談でも口にしそうな雰囲気じゃない……?(゚_。)?(。_゚)?
それはともかく、この二人は案外、気が合ったのかしらねぇ?
そして式家の藤原百川とも、少々因縁深いかもしれませんね。
縄麻呂も百川も共に高野女帝のお気に入りという印象が拭えないし、共に侍従を勤めていたくらいですから、もしかしたら先朝からの結託をしていたかもしれません。
縄麻呂がもう少し長生きをしていたら、藤原南家は是公も継縄も台頭する事が出来なかったのではないでしょうか。
この三人は殆ど同世代ですが、出世の速度は縄麻呂が一番ですから、色々な面でこの人が豊成や仲麻呂の後を引き継いで南家をリードして行ったと考えて間違いないと思えます。
縄麻呂の母親って誰でしたっけ?北家房前の娘かな??
いずれにしても豊成の息子達は、長男は所在不明?……次男は愚図?……三男は浅はか?
この四男坊が一番優秀なのは間違いないでしょう(~_~;)
このような訳で、これより縄麻呂と百川、更には山部親王の三つ巴(三竦み?)路線を少し考えてみましょうっと。
考えようによっては、滅茶苦茶、濃い連中だわ……(ーー;)
並大抵でないものを得ようとする時、捨て去るもの、失くすものはどれ程あるんだろう……何やら深遠な命題ですが、このような事を相も変わらず風呂に入りつつ考えておりました。
例として考えていたのは、いつものようにうちのスメラミコト(~_~;)
何せこの御仁の得たものは、他者が決して手にする事の出来ないものですから並ではありません。
史書に現れる物事以外にも、かなりのものを諦める事になったのかもしれません。
こんな他愛もない考察とはかなり方向が違うのですが、この御仁が捨てたものとして非常に大きなものがあります。
それは親王宣下もしくは立太子する以前の人生、これが史書からはほぼ失われています。
まあ、恐らくは故意に失くしたのでしょうが。
これはこの御仁の父親にしても同様です。
こちらは太政官入りするより以前が、ごっそりと消されていますから。
もう一人考えていたのが藤原百川についてなのですが、この人の場合は二人の天皇とはパターンが全く違います。
経歴や何かが削られている可能性は無しとは言いませんが、むしろ亡くなった後に事実とは信じきれないような、奇怪としか言えない悪い方の伝承が加わってしまったのはどうしてなのでしょうか?
後の伝承として百川が行ったとされるような、奇妙奇天烈な陰謀の類、果たして何かの根拠があるのだろうか……こいつがもう一つ考えていた事です。
もしかしたら別の人が行った何かが形を変えて、百川の仕業とされている、それも別の事件に付随するような事かもしれない、こんな可能性を考えていたのですが、今のところ根拠は全くありません。
これより一旦、書く方を休みまして、再度資料検討に入ろうかと締め切りを切り直しました。
称徳天皇から光仁天皇の御世、太政官や官界の上層部を取り巻く連中のプロフィールをもう一度洗い直す事から始めませんといけません。
藤氏にしても南家と式家にばかり注目していたけれど、もう一度北家の連中も見直してみましょうっと。
他にも胡散臭そうな人が何人もいますからねぇ……堅物そうな顔をして、何を考えているのか分からない石上宅嗣とか、大中臣清麻呂とか(ーー;)
本日、試掘で地味に当たりまして……来月からもしかしたら久々の現場になりそうです。
四月、五月と遊びすぎたので、来月からは少し公私共々に仕事をせねば(-_-;)
今日はとにかく眠くて沈没寸前なので、頂きましたメールの返事は明日にでも致しますm(__)m
重ね重ね申し訳ありませんm(__)m
一昨年に漬けた梅酒のお湯割です……
本日の最高気温は17度、急に寒くなったので重ね着して、猫を抱えて、暖かい物を飲んでおります。
ちなみに私がたまに梅酒を漬けますと、40度前後のブランディーに砂糖なし……自称『酒に弱い』奴の飲む物か、これは果たして(--〆)
そういう訳で市販の梅酒が甘すぎて、飲めた物ではありません。
そしてたまに奈良町に行くと、元興寺の門前の酒屋さんにて一合枡で立ち飲みならぬ座り飲み?
何やら最近、「酒が飲めない」という言葉に自信が無くなって参りましたσ(^◇^;)
何を今日も今日とて馬鹿丸出しの事を言っているのやら……
私の設定では藤原百川は下戸に近い事になっております。
こんな事を既に200枚(四百字詰め換算)近く書いていて、ようやく気がつきました……ってのか、この類の設定が今まで殆どなかった事に気づいたという方が正しいでしょうか。
何せ今までの主人公に選ばれた連中って、飲んだくれて当たり前の御仁ばっかりでしたからσ(^◇^;)
しかし、和気清麻呂とか井上内親王とか藤原田麻呂とか、具体的に登場人物として出そうかしら。
話の流れの上で常々、名前が出て来る人はすごく多いのですが、実際に主要登場人物となる人は案外に少ないです。
右大臣の吉備真備は変な爺様で出て来るけれど、左大臣の藤原永手は以前の話でも殆ど具体的に出て来ない……八束は多少とも出てきているのに(゜.゜)
考えてみたら、白壁王とすら具体的な会話を交わさせた事が無いわ……どうしてこういう事が、人物によっては起こるのかしらねぇ(?_?)
まあ良いわ、もう一杯、梅酒でも飲みますか……グラスが小さいのよ、マジで。
このカフェの事は旧ブログに書いた事があるはずなのですが、ただ今また思い出したようにブログ自体が消えております……一週間くらいすると、また現れるという不可思議な所ですので、今では殆ど使っておりません。
では今更ながら『平城庵』の紹介でも。
場所は奈良市佐紀町というよりも、平城宮跡の北側にあるという方が多少は分かりやすいでしょうか。
復元された大極殿のすぐ北の県道の、もう一本北側の細い道沿いにあるので、知らない人も多いようですが、奈良市内の古民家カフェの走り中の走りではないかと思います。
多分、三十年前には既にあったと思いますから。
平城天皇御陵のごく近所ですので、そちらを目指して行けば多少は分かり易いかもしれません。
しかし、コーヒーの登り旗がないと、本当に喫茶店なのかどうなのか、初めての人には分からないかも知れません。
昨年はかなり長い間休業していたようで、何時行っても閉まっていましたが、今年は土日ならば営業しているようです。
内部は落ち着いた雰囲気で、今まで一緒に行った人たちは、大抵気に入ったのでまた来たいとは言うのですが、場所が少々ネック……駅からはかなり遠い上に、周囲の観光場所といえば平城宮跡、ここに頻繁に用事がある人って滅多にいませんからねぇ(-_-;)
以前はお昼に定職などもありましたが、今はうどんとそば程度の軽食と、喫茶のみというところです。
私は大抵、喫茶利用ばかりですので、この辺はあまり気にしておりませんσ(^◇^;)
今日は奈良文化財研究所の資料館で、NPO主催の講演会があったので聞きに行き、15時くらいに終了したので半年振りに大極殿に行き、ついでに足を伸ばして参りました。
と申しましても、その前に行ったのは今月の八日ですが……(^^ゞ
それにしても今日の講演会の講師は、奈良女子大学の舘野先生だったのですが……(゜.゜)、大学のシンポジウムや研究会のノリで行ってもダメですね。
いくら先生がその道の第一人者だとしても、対象が一般の人なので、内容はどうしても初歩的なものになってしまうので、私には九割方が今更な内容でしたわ……(+_+)
このパターンは常々分かっているので、そろそろこういう講演会に行くのは差し控えておきましょうか……とも思うのですが、何か面白い内容が少しでもあるのではと、ついつい期待をしてしまう次第です。
確かに全く得るものは無かったという事もありませんでしたしねぇ……(゜_゜>)
春日大社では、毎月1、11、21日に旬祭を行っています。
その内、21日は一般の人も参列ができるという事で、今月は土曜日に当たりましたので初めて行って参りました。
集合が9時半という事で、家を朝の8時に出ました……普段と殆ど変わりませんね(-_-;)
初めて内拝殿(御廊)の内に入りました!
瑞垣のすぐ向こうに御本殿の桧皮屋根が覗いているのがすごい……
目の前を御神饌が運ばれて行くのを見て、ついつい感激してしまいました。
第一の膳はお神酒に箸、米に餅、第二膳は干魚、昆布、野菜、ぶと(揚げ菓子です)、第三膳は果物……これらの御盆を神職の方々が目の高さに掲げて、次々と手渡しで送って行きますが、これがかなり大変そうです……御盆の上の御供物はかなりの量ですし、装束は狩衣、足元はあの厚底スリッパみたいな木沓ですから(~_~;)
神事ですから写真は勿論厳禁……だと思います、特に注意も受けなかったのですが、皆さん、常識で分かっておられるようですし。
今日は土曜日なので、参加者が多いとの事、先端科学技術大学院大学の学生さんも大勢いらしていました。
毎度思うのですが神職さんの御話は、結構面白いです。
あの広い春日大社の境内、教えてもらわなければ気がつかない事や、見ていても意味が分からない事が、ここぞとばかりある事が良く分かります。
今日(既に昨日)は興福寺の『薪御能』の日でして、午後二時から若宮社の方で『御社上(みやしろあがり)の儀』があるという事で、そちらに行って見たのですが……奉賛金4千円、また値上がりしてない?(ーー;)?
そういう訳で諦めました(/_;)
そして引き上げる途中、参道で麻酔矢が後ろ足辺りに刺さった雌鹿がおり、鹿愛護会の人たちが経過を見ているのに行き当たりました。
怪我をしている鹿を保護しているのかと思いきや、子連れの母親だそうで、母子共々に鹿園で暫く保護管理するのだそうです。
何せ子連れの母鹿は気が立っていて、人が近付くと攻撃的になるのでトラブル防止策だとの事です。
練習からして人目に慣れるというコンセプト?
どの方も既に慣れているのか、あまり人目もカメラも気にする間もなく、真剣な面持ちで取り組んでいましたので早々に引き上げて、今日も春日の杜の大王に会いに行くうめぞーでした。
この後は奈良国立博物館の特別展と常設展(結構、展示が変わっていましたか)をみて、18時過ぎくらいに駅へと向かいますと……県庁の前あたりから謡いや鳴り物が聞こえてくるじゃぁありませんか。
これって『羽衣』だよねぇ……興福寺は南大門の復元工事中なので、今年も登り大路沿いで『薪御能』を開催しました。
脇正面の逆側(つまり謡方の背後)に無料鑑賞ゾーンがあるとの事で回ってみますと、この程度なら見えますわねぇ、という状況でして……また足が止まったわσ(^◇^;)
そういう事で、大蔵流狂言『つくづくし』と宝生流能『鵺(ぬえ)』を拝見しておりました。
『鵺』って世阿弥作でしたっけ?
五番目物の割には、妙に物悲しい内容なのですよね、ってのか、五番目物は案外、そういう話が多いかもしれませんわね。
原案は勿論、源三位頼政の鵺退治に由来しているのですが、鵺の側から物語が語られるので、何とも奇妙に複雑な心境になって来る話です。
……にしても、アイ(狂言方)の里人は、かなり食わせ物のキャラクターです。
ワキの僧侶が宿を請えば、御触れで禁じられてるからダメだと言う、あっちに御堂があるからそこに泊まればと、毎晩化け物が出る場所を教える。
僧侶が無事と見れば、由縁を話した挙句におだてあげて供養を頼むって……だから、今日も謡曲のストーリーに突っ込まなくても良いから……ε-( ̄ヘ ̄)┌
こういう事をしていたので、早く帰るつもりがしっかり二十二時の帰宅となった、それだけの事です。
それよりも、何時仕事するんだ、我ながら(--〆)
「all in the air」
2ndアルバムよりも聴きやすいかしら、やはりインパクトは1stアルバムが一番あったようにも思いますが。
時にもしかして、また、インディーズレーベルから出してるんですかねぇ。
それも海外でのプレスらしく、おっそろしくシンプルなジャケットには一言も日本語はなし……
そして今回のアルバムには、日本語の歌は一曲も入っておりません。
特典でライブ映像らしいDVDが着いて来たのですが、このパソコンのドライブ、かなり調子が悪いので見られるのは何時になるのやら(/_;)
ところでこの画像の右に写っているのは、最初のアルバムと一緒に購入したオリジナルのケースなのですが、3rdアルバムはこれに入らない……
ちなみにその前に写っている奈文研の文鎮は、ただの支えですσ(^◇^;)
夏に日本に戻って来て凱旋ライヴするとかメールにありましたが、さて、何処で行ってくれますのやら……
生駒のカフェじゃ、ちょいと行けませんわ……京都か大阪のインストアーライヴの方が嬉しいのですがね。
宝亀年間の最初を見ていて思うのはこれです。
これが前朝ならば、ストレート(でもないけど)に謀反未遂だというのに。
しかし、称徳天皇の後期あたりから、呪詛騒ぎが始まるのかな……このあたりをもう一度整理しなおしてみませんと、傾向が巧くつかめませんわ(~_~;)
こいつがある程度、整理がつけば、藤原百川たちが選ぼうとしているスケープゴードが誰なのか、焦点も絞れそうな気が致します。
やはりこの時の廃后・廃太子事件は、以前に書いていた藤原種継暗殺よりも見え難い……
ただし、完全な冤罪という展開はなしで行かないと、まったく意味不明の話になる事は目に見えていますからね。
とにかく、この事件を多少とも決着つけないと、うちのスメラミコト、七年後に即位できませんよ(ーー;)
さっさと、頭の中の整理つけて、後半を書き始めにゃ……久々に締め切り落とすぞ(自分で切った締め切りですが)(--〆)
ところでこの画像は何かと申しますと、ジャンナッツ(フランスの紅茶メーカー)の新茶の缶です。
私が衝動買いをした事が、よく分かるような一品ですσ(^◇^;)
しかし、選りによってダージリンのファーストフラッシュ……この世にこんな不味い茶があるのかと、私を叫ばせた代物です( -」)φ
そもそも私は自他共に認めるコーヒー党、今も家には3.5キロも買い置きの豆(これが全部、フルシティローストときてる……)があるというのに、一体こいつを何時飲むつもりなんでしょう(*_*;
多少の救いは、50グラムしかないという事か……ε-( ̄ヘ ̄)┌
住吉大社の末社『楠珺社』で買った招き猫です。
右手を上げた物と左手を上げた物がありまして、神職さんにどう違うのですかと伺ったところ、
「右はお金を招き、左は人を招きます」とのお答えでした。
この日の売れ行きは圧倒的に右?(~_~;)?
でも、商売などをされている方には、左が必需品ですよね?
お客さんが来てくれれば、自ずとお金も入って来ますからね。
私は人脈が欲しい訳で、これが仕事に通じて、間接的に金も入って来る……こいつが理想ですわね( -」)φ
ところで招き猫の後の黒い影は、ウメナさんですσ(^◇^;)
一昨日の晩は夜更かしをして、昨日は近所の火事騒ぎで朝の四時から起こされる破目になり、夜には見事、二十二時前に沈没しました……そして今朝起きたのは六時半(-_-;)
八時間半も寝たってのに、今晩もまた眠い……眠りの質が悪いのねぇ、きっと(=_=)
昔見た能楽の『金輪』の一節です。
これって、まさにそれだわ……と思いましたのは、土曜日に正懲りなく出かけました住吉大社の百々手式の場に据えられた祭壇を眺めながらです。
それにしても面白いと思ったのが、この御幣の並べ方でしょうか。
“東西南北”に“青白赤黒”を配して、中央にしっかりと黄色を持って来ています。
青が緑ではなく、黒が紫でないのも妙に新鮮です。
この順番も昔から疑問なのですが、こちらの祭壇の最上段の幕の色と同じ順番で、ほぼ全てが並んでいます。
“木火土金水”の順番ならば、“青赤黄白黒”のはずなのですが、どうして中央(土・黄色)が二番目に来るのか……御寺の法要で掲げられる五色の幔幕もこの順番なのですよね。
何度か調べようとしたのですが、何を調べて良いのか分かりません・゚・(ノД`;)・゚・
自慢にも何もなりませんが、私は民俗学の方にはまったく無知です。
民族学(文化人類学)には更に暗いです。
供物の方になりますと……完全に分かりませんσ(^◇^;)
二段目に並べられた餅らしき御供えの数、どうして左右に十二づつなんでしょう?
最初は九つ(陽数の最大)が三列の二十七個だと思っていたのですが、陽数じゃなくて陰数なの?
この数字の類も、本当にお手上げ……三途の川の渡し賃はどうして六文なのと、私には聞かないで下さい、分かりません(T_T)
上段の中央に蟇目鏑が掲げられていますが、これに雁股も添えると棟上式だわね……などと、またも明後日の事を考えて今も眺めております(=_=)
……にしても、また変な方にスイッチ入ってます(-_-;)
今月中に四百枚はやっつけようという予定なのに、そんな事調べてる暇ないわよ!!(@_@;)!!
さっさと、百川を後から蹴っ飛ばさにゃ……ε-( ̄ヘ ̄)┌
