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うめぞー、思案中

明日は歴史作家「うめぞー、執筆の合間に思案中」

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蓮華蔵世界昨日のボヤキの『願成就院』(伊豆の国市)からの引張りじゃないけれど、『かんなみ仏の里美術館』に行きたい!
実慶の阿弥陀三尊像だなんて!!
実慶といったら『修禅寺』(伊豆市)の大日如来像の仏師だわ!!
……っちゅうか、他を知らないんだけど(*_*;

しかし、函南町桑原ってどの辺?
函南駅の近くで、月光天文台に行く途中って、充分に山の中じゃないの……
車でないと、結構、しんどいものがあるよ(・.・;)
あの辺りって、マリア観音像か何か残ってるお寺(?)がなかったっけ……などとうろ覚えで考えながらも、頭の中でスイッチが入りつつありますσ(^◇^;)
このような訳で、年末までに一度、大仁(伊豆の国市)に帰らなければならないので、その時にでも誰かそそのかして誘って、見に行こうかと今から手薬煉ひいて考えてます(^_^)v

しかし、問題は猫……ナタがシマコと一緒に留守番してくれるかなぁ?
今は暑い季節だから、すぐに外に行ってしまうけれど、寒くなれば家の中にいてくれるから大丈夫とは、希望的観測なのか否か(゜_゜>)

ところで、前々回くらいに帰った時、三島駅北口の前に日本大学の国際学部のやけにファッショナブルなビルが建設中で、その中なのか隣の建物なのかに、大岡信氏(三島市出身の詩人です)記念館があるとかないとか……
母に、「大岡信って亡くなったとは聞いてないけど、何で記念館なんて出来たの?」と聞いたところ、
「さあ、あの人、出たがりだからじゃない」……ひどいねぇ、同郷の偉人を(ーー;)

ついでなのでチョイト調べてみたところ、『大岡信ことば館』というそうです。
Z会のビルの中か……友人がここに勤めているので、招待券、もらえないかなぁ( ̄▽ ̄)。o0○
しかし、万葉集展って、何展示してるんだ?『折々の歌』の原稿か??歌枕(歌碑かも)の写真パネルか???
展覧会アルバムとやらを見ると、妙にアーティスティックなというか、ニヒルな雰囲気なんだけれど。
どうせ行くなら、以前に帰った時にやってた現代アートの展示の方が良いなぁ

ともあれ、久々に帰ったら、韮山の方をほっつき歩きたいです。
江川邸や反射炉や資料館も十年以上、行っておりませんし。

本日の画像は、東大寺毘盧舎那仏の蓮華座の花弁です。
明日、朝から東大寺~!明後日は昼から春日大社~!!(←日中、忙しかった反動で意味もなくハイ)
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宮内庁書陵部畝傍管区事務所昨日は矢鱈目鱈に眠くて、満足にメールチェックもしないままで寝てしまいました。
二十三時まで起きていられないくらい……
ここ最近、三日に一度くらい、眠くてたまらない日があるのですが、寝不足という自覚もないので、やはり眠りの質が良くないのでしょう……(゜.゜)

それはともかく、昨日は午前中に宮内庁の畝傍管区事務所まで散歩に行って、三笠宮寛仁親王の弔問記帳に行って来ました。
いつもの事ですが実にさりげなく記帳所がありまして、職員の方も適宜、様子を見に来る程度で、まさに御自由に御記帳下さい状況でした。
それでも、思い出したように人が来るようで、私が行った時にも年配の女性がちょうど出て来るところで、帰る時にも壮年の男性とすれ違いました。

その後、ようやく奈良県立美術館に『藤城清治 影絵展』を見に行って来ました。
四月七日から今月の二十四日までと、かなり長い期間だったのでその内に見に行こうなんて悠長に構えていたところ、ついに差し迫った時期になってしまいました。
お陰で混んでいる事……二十分近い待ち時間が出来ていました(゜_゜>)
でも、行った甲斐はありました、久々に満足(^_^)v、この度もまた四時間も会場におりました。
やっぱり私の世代には、この方の影絵は懐かしいです。
 明日まで奈良国立博物館で行われている特別展です。
何故また、こうも押し迫った頃に見に行ったのかと申しますと、今週の火曜日からようやく浄瑠璃寺の『吉祥天立像』の展示が始まったためです。
さらには伝香寺の『地蔵菩薩立像』(はだか地蔵)や、海住山寺本堂の本尊『十一面観音立像』の展示もありますので、仏像好きには待つ甲斐があります。

伝香寺の御地蔵様はお着替えの法要などでも近くで拝観できますし、海住山寺の御本尊は少し前に仏像館の特別展示にも出ていたので、間近で拝む機会もありましたが、吉祥天様は特別拝観の時期に行っても薄暗い阿弥陀堂の御厨子の中なので、あまり詳細に拝見する事も出来ません。
浄瑠璃寺の冬そういう訳で、この一週間が千載一遇と言っても良い機会です。
独立ケースに展示されていますので、360度フリー、後姿も横顔も、髪型や衣の裾や瓔珞の細部までも、ごく間近で照明の下に拝む事が出来ます。
いや、ホント、実に御美しい御方です。
そして今更ながら、見れば見るほど顔立ちは鎌倉仏(慶派)です。

ところで解脱上人って何方?
私はつい、興正菩薩(叡尊)と勘違い致しました(-_-;)
貞慶さんは鎌倉初期に、叡尊さんは中期にそれぞれ活躍された名僧で、何れも南都の仏教興隆に貢献された方です。
貞慶さんという御方、チョイト以外でしたが公家の出身で、かの信西入道の孫になるのだそうです。
子供の頃に興福寺に入りエリートコースに乗っていたのですが、平氏による南都焼き討ちや南都復興を機会に今までの仏教界などに疑問を抱き、興福寺を出て笠置寺に移り、その後も海住山寺や浄瑠璃寺にも行き、それぞれの復興に尽くされたという事です。
今年は、この貞慶上人の八百年御遠忌に当たるのだそうです。

浄瑠璃寺三重塔 薬師如来の開帳私は教義的な事になると皆目分からないのですが、貞慶さん、時期によって信仰されている対象が微妙に変化しているような……
この時代、本地垂迹説が盛んでして、貞慶上人は春日大明神(本宮四柱と若宮一柱)の本地仏への帰依をされているのは確かです。
比較的若い頃には笠置寺で弥勒仏を信仰し、更には阿弥陀如来、そして最晩年は観世音菩薩の補陀落(ふだらく)浄土に生まれ変わる事を切望していたようです。

それにしてもかなり贅沢と申しますか、見ごたえのある展示でして、博物館に入ったのが12時半過ぎくらいだったのですが、特別展を見終わったがの17時過ぎ……常設展まで軽く眺めていたら、結局、閉館時刻の19時前になってしまいましたσ(^◇^;)
この前の京博の特別展といい、今回といい、どうしてこんなに時間がかかったんだ?(゚_。)?(。_゚)?
人は多かったけれど、順番待ちなんていう展示は全く無かったのですが……
確かに仏像の展示はかなり充実していましたし、私の最も好みの鎌倉仏、おまけに慶派ですから、まあ分からないでもないかな( ̄▽ ̄)。o0○
いつも常設展で正面からしか見る事の出来なかった、弥勒菩薩立像や十一面観音立像が独立ケースに入っていたりもしましたからねぇ(^_^)v

参考までに今回上げた画像は、今年の一月に拝観して来た浄瑠璃寺(京都府木津川市加茂町)です。
京都国立博物館で現在開催されている『王朝文化の華―陽明文庫明宝展―』が、今月の二十七日までと期間が迫って来ましたので、行ける時に行こうと本日、行って参りました。
博物館に到着したのが12時半くらい、入場制限などは一切なく、館内に入ってみても案外空いておりました。

望月、ってな訳で5月6日のスーパームーンとやら初っ端から文書というか『消息』と『日記』だらけ……正直に申しまして、ほぼ読めない・゚・(ノД`;)・゚・
一番の呼び物(?)の『御堂関白記』、これも読めといわれても分かるような分からないような……
何せこの時代、日記だろうが書簡だろうがほぼ漢文ですから。
おまけにズバリ、相手の名前を書かずに役職で書かれているから、誰の事を言っているやら解説を読んでもピンと来なかったりします。
身内まで官職名で書かれていたりして……
それ以上にお手上げは『歌合せ』……こちらは殆どが仮名でして、これが漢字以上に読めません(-_-)

後半になって近世の資料になってきますと、絵画だの工芸品が並んでおりまして、ようやく気が楽(?)になって来ましたか。
それにしてもやはり私には、茶道も香道も縁がないので何をどう見て良いのか……手前、無教養ですから( ̄▽ ̄)。o0○
この類でチョッと興味深かったのが香割道具でして、蒔絵を施した台なども普段使いのようで傷だらけ……一般庶民には出来ない真似ですよ(・.・;)
御所人形や賀茂人形も矢鱈に並んでおりましたが、これってマジ可愛くないような(゜.゜)

かくして私に一番分かりやすかったのは、最後の部屋に並んでいた近現代の絵画でした。
それこそ、近衛文麿氏の時代です……
以前に見た『冷泉家の至宝』なども同様でしたが、この家の人たちの生活感って本当に別の次元に思えまして……別の言い方を致しますと、別世界の住人?

そして何度目かの認識を致しました、私の日常に雅なんぞ存在しない?(゚_。)?(。_゚)?

しかし……いい加減疲れたから、そろそろ出るかと時計を見たら17時を回っている?!
何故だ?言うほど混雑していた訳でもないのに、こんなに時間がかかったのって久々(*_*;
ミュージアムショップを少しだけ覗いて、結局、博物館を出たのが17時半、そのまま何所にも寄らずに帰って来ました……いやはや、疲れました。
この何年かは平日に休みを取りそこね、休日に30分近く並んで入場していたような気がするのですが、今年は早々に休みをもらって、昨日に奈良国立博物館に行って来ました。
今年の正倉院展は地味だという前評判のせいか、単に平日だったせいか割合に空いていまして、午前10時過ぎに着いた時には待ち時間15分の表示が出ていましたが、10分少々で入場できました。
ちなみに出て来た13時過ぎには待ち時間0分の表示になっていて、列は全くできていませんでしたが、団体様がエントランスで待っていて、博物館本館の西側の駐車スペースには大型バスが4~5台留まっていました。
団体様とかち合うと、かなり凄い事になるのでは……

今年の目玉は何なんでしょう……『金銀鈿荘唐大刀』でしょうか。
『国家珍宝帳』に寄れば、光明皇后は百口もの大刀を東大寺に奉納したとされていますが、天平宝字三年の十二月、既に五口の刀剣が除物として取り出された事が『出蔵帳』に見えています。
今回はこの『出蔵帳』が展示され、除物の詳細と東大寺、紫微中台(坤宮府)、造東大寺司のお偉方の署名が並んでいます。
ここに書かれている『陽宝剣』『陰宝剣』が、東大寺大仏の鎮檀具として納められている事が判明したニュースは記憶に新しい事です。
東大寺の森本長老のご意見では、もう一口の大刀もこの時の除物として『国家珍宝帳』に記載された、聖武天皇の遺愛の大刀ではないかとの事、なかなかに魅力的なお言葉です。
この後、天平宝字八年の変(恵美押勝の乱)に際し、八十八口が取り出されて殆どが戻されないまま、その後にも何口かが出されたようで、奉納された大刀は殆どがなくなってしまったとの事です。
それにもかかわらず、このもっとも華美な儀仗刀が残されたのは偶然なのか必然なのか……

今回の会場で唯一、待ち時間のある列ができていたのがこの展示品でした。
拵えはポスターなどでも華麗さを誇っていますが、それ以上に私が感激したのは刀身の方。
沸も乱れも殆ど分からない波紋に、反りも微かにある様なない様な切っ先諸刃、ほぼ直刀と言って良い程の上代大刀の最優品です、まさに。
中世の日本刀のような派手さがない分、妙にそそる大刀です……(・_・;)

今回はやけに布関係が多く、復元品も数点出品されていましたが、これがまた凄く綺麗なんですね。
奈良時代ともなると機の幅もかなり広くなるんだなぁと、錦にしても平絹にしても興味深いです。
あとは『東大寺山堺四至図』が圧巻でした、個人的には。
奈良女子大でも東大寺でも、写本だけは何度も見ているのですが、本物を見たのは初めてかもしれません。
『黄熟香』は……相変わらずでかいです( ̄▽ ̄)。o0○
『五月一日経』(最無比経)の誤字脱字の多さにも、チョッと笑えましたか……(^_^;)
更に面白かったのは『沈香末塗経筒』、小口の断面が八角形の被せ蓋式の入れ物の表面に、小さな黒い豆の粒と丁子が貼り付けられているんです。
今ならばクローブ(丁子)なんてスーパーで一瓶500円くらいで売っていますが、この時代は宝石に値するほどの高価なスパイスだったんですね、確か。

今年は地味と言えば地味でしたが、スポット的に面白い物も結構ありました。
伎楽面なども、なかなかに良い面相でσ(^◇^;)
本日から『東大寺ミュージアム』オープン、奈良国立博物館では大和高田市の弥勒寺の『弥勒如来坐像』が4日から公開されているし、興福寺も『北円堂』と『三重塔』の特別公開が始まっているという具合に、奈良公園周辺でハシゴをしてまいりました。

まずは角(切られ済み)つき合わせて『東大寺ミュージアム』、人が並んでるのかなと思いきや、私が行きました11時過ぎくらいにはスムーズには入れまして、館内も人は多くても展示が見えないなどという混み方ではありませんでした。
こりゃ、一月後に『正倉院展』が終わる頃には、かなり空いているかもしれませんわ。
友の会の会員証で入れるので、その頃にまた、ゆっくりと鑑賞に参りましょう。

しかし、『奈良時代の東大寺』という特別展、来年までかと思ったら再来年の四月まで……鎌倉復興の時の仏像や文書関係は、当分の間、展示はないって事?
……で、うちの兄上(だから、誰の事だ?!)は東大寺に帰ったのか???(゚_。)?(。_゚)???

奈良国立博物館では、我らが弥勒さん、しっかり鎮座しておられました。
照明の効果か、やけに表情が穏やかに見えましたわ(^_^)
御堂の修理が終わるのは二年後ですから、こちらでゆっくりしていて下さい。
弥勒さんといえば、こちらの常設展にはえらく男前(?)の弥勒菩薩立像がおられます。
もろ、慶派の顔立ちで、安部文殊院の文殊さんに似ているかな?

しかしですよ、こちらに預けられていた東大寺の宝物や仏像、全て引き上げた訳ではないのですね。
十二神将も残っておられたし、檀像の釈迦如来坐像も以前と同じ場所におられましたわ。
この御釈迦様、あの如意輪観音さんと、顔の雰囲気が良く似ていまして、この二体を見比べるたびに姉と弟みたいだわ~( ̄▽ ̄)。o0○~と思っています。
と言いましても、弟の方が五十年は早く作られているのですが"^_^"

そして御婦人方を誘いに行くのだが……何やら、脳天気な仏像鑑賞をしておりますが……
ところで、ここに上げた鹿どもの画像は何かと申しますと、東大寺境内の吉城川にいた連中です。
鹿たちもかなり冬毛になってきまして、特に親父鹿ほど鹿の子模様が消えてこげ茶色一色に変わりつつあります。
そのような親父鹿と若い雄鹿が、角を切られた頭で早速けんかをしておりました。(上の画像)

どうやら勝ったのは親父(冬毛の雄)だったようで、右の方でソッポを向いている三頭の雌鹿に言い寄りに行きました。(下の画像)
若い雄は少し離れたところで、面白くなさそうに眺めている状況です。
ところが親父鹿、この三頭に全て嫌われたようで、みんなそれぞれに立ち去ってしまいました(T_T)
左の方にも二頭ほど雌鹿がおりまして、あきらめずにそちらにもアタックしたものの、一頭はさっさとお尻を向けて立ち去り、もう一頭は一寸脈あり……でも、やっぱり逃げて行ってしまいました((+_+))
ヤツのいったい、何が嫌われる要因だったのか……強いだけが女の子にモテル要素じゃないんだね、草食獣の世界も?(?_?)?

この後、興福寺の三重塔の初層の公開を見に行きましたが、北円堂はまた次にでも。
更には昨日の続きとばかり、奈良町の御霊神社井上神社、ついでに崇道天皇社にも御参りして来ました。
御霊神社も崇道天皇社も、秋の御祭を目前に控えて準備に忙しそうでした。
途中で偶然に寄った白山神社で、菊理姫命に怒られたような……近い内にS(友人の魔女)に手紙なんぞしたためて、御礼を送らにゃなぁ( -」)φ
 
和紙アートのコーナー奈良県立万葉文化館がオープンしてから、今年で10年になるそうです。
隣の村にあるという割には、私がここに行く機会はそれほど多くなく、例えば奈良国立博物館に比べれば、十分の一以下の回数になるかもしれません。

行ったとしても、ほとんどが図書室(貸し出しはしてくれません)で資料探しで、講演会も行かなければ、特別展も全く見に行っておりません。
今更に批判するのも何ですが、『万葉』というタイトルがついているのにも関わらず、現代日本画ミュージアムとしてしか目立った活動をしていないのが、来館者の何割かの期待を裏切っている要因だと思います。
そうは言いましても、私は洋画よりは日本画の方が好きなのですが……
それでも駐車場が無料になったのは、少しは行きやすい要因になりましたか。


エントランスにも和紙アートこのような愚痴はともあれ、今日は毎年恒例の『七夕祭』が行われる日です。
例年は夕方からで、流しそうめん野外コンサートですが、今年は太っ腹に、一日中、入館無料でイベントもやっておりました。
常設展示だけかと思いきや、特別展も無料だとの事、これで上記のごとくの悪口を言うのも、何と潔くない態度じゃぁありませんか、我ながら(ーー;)

中島千波×畠中光享』どちらも結構人気のある方ですね、私でも代表作が頭に浮かんできますから。
しかし実を言えば、どちらの画伯の描く女性像も、好みじゃないんですわ……というのが、今回一部、払拭されましたか。
そういう意味では、見に行って良かったと思っています。
いや、正直言って、畠中画伯の一連の作品を見ていて、のどや目の奥の方が熱くなってきた……もしかしてこれ、鎮魂なのか?

特別展や常設展以外にも、会場内ではスポット的に『和紙アート』の作品がタペストリーのように飾られていました。
こちらはシンプルなのに綺麗だし、技術的にもテーマ的にも、分かりやすくて良いですね。


リハーサル中です。今年のコンサートは木村弓さんです。
ポスターを見た時、それ誰……と一瞬思ったのですが、プロフィールを見て納得、『千と千尋の神隠し』の主題歌で一躍有名人になった、あの美声の歌手です。

コンサートは19時から、県内の身障者施設の方々の出店ブースで軽く腹ごしらえをし、恒例の流しそうめんを頂きまして、それでも45分前、席に着く人も徐々に見られるようになったので、私もフテブテシク最前列になど陣取って待っておりました。
あまり暑くなくて、ちょうど良い気温だなと思っている内に、腕にポツリポツリと、細かい雨が当たり始め……
東の空に虹までかかって、いったんは小降りになったものの、一向に止む気配はなし。
舞台上には行事用のテントが運ばれ、客席はそれぞれ傘を差しての開始となりました……
コンサート中の写真や録音は禁止ですので、上の画像は日中に行われていたリハーサルの模様です。

木村弓さんの歌は、技術とか肺活量を云々すれば、チョッと首を傾げたくなるところもあるようですが、それを差し引いても綺麗な声に聞き惚れてしまいますし、余りあるほどの雰囲気も醸し出してくれます。
生で聞いていると、鳥肌が立って来るようなところさえありまして、『白百合の花の咲く頃』など聞いていて、オリジナルの新垣勉さんよりも泣けて来る……

今日は今井町でも『灯火会』があったので、どちらに行こうかと迷っていたのですが、こちらを選んで決して間違いではありませんでした。
それにしても、橿原でも夕方に雨は降ったのかな?無事、灯火会は行われたのかな??

この展覧会の招待状を頂いたのは昨年の夏でしたか……場所は東京の日本橋高島屋?
実は巡回展で、年明けには京都、二月には大阪高島屋に来るという事で、どこの会場で見ても大丈夫という代物でした(゜.゜)
そういう訳で忘れた頃に行って参りました。
現代日本画に疎い私としましては、この方の作品を殆ど知らないんです。
ここ何年かの東大寺の大きな法要の時に、散華の絵を書いていた方だな~という認識(~_~;)
後は、今回の展覧会にも出品されていた、聖武天皇と光明皇后の御影ですね。

平城遷都1300年 光明皇后1250年御遠忌 東大寺本坊襖絵完成記念 小泉淳作展
これが正式のタイトルのようです。
東大寺が創建以来、初めて襖絵の制作を依頼したのだそうで、これらは本坊に納められるのだそうです。

そういう訳で会場に入りますと、ご挨拶の複数のパネルをすごした後、襖16枚にもなるような『蓮池』です。
これだけで圧倒されます……凄いと思うのは、花や葉の形は徹底的なスケッチ!
何でも全て種類の違う蓮の花を描いているのだとか。

そして次の部屋には、ひたすら満開のです。
更には上段の間に掲げられる聖武天皇光明皇后の御影、飛天鳳凰などの障壁画と続きます。
見覚えある絵ですね……昨年の法要の散華に使用されていましたから。

小泉氏はかなりの大器晩成の画家のようで、五十歳を過ぎてから水墨画家として有名になったそうです。
確かに二~三十年前にはモノトーンの冬枯れの荒涼とした風景画を多く描かれていたようです。
それから比べますと、蓮も桜も鳳凰も、本当に同じ方が描かれたのかと驚かされます。

それにしても『吉野の桜』という襖絵は、私にとっては不思議に思える作品でしたわ。
東大寺本坊の桜』にしても『しだれ桜』にしても、上空は紺色の夜空に見えるのですが、幹の向こうは明るい緑、間違っても桜の下闇ではないんですね。
この絵をぽや~っと見ておりますと、
いつぞに書こうとしていた話を思い出しましたわ(+_+)
あの話の中で主人公の親王が子供の頃、吉野山の奥で『西行桜』のシテみたいな老人に会うシーンを考えていた事があるのですが……
この主人公と、今書いている一連の話の主人公達は、完全に人種が違うかもしれませんわ。
つくづく、桜は似合わない連中です(@_@;)

もう一つ……『蓮池』の襖絵を眺めていて、ろくでもない間違いに気付きました。
東大寺金堂の毘盧舎那仏の蓮華座の花弁に描かれているのは、どう考えても『蓮華蔵世界』ですわね(ーー;)
『須弥山世界』じゃありませんわ、多分σ(^◇^;)

エントランス広場で行われましたベリーダンス本当なら今日は日本画展の招待状を頂いたので、京都まで出かけようと思っていたのですが、午前中から雨が降り出しまして二の足を踏みまくり……招待状を見直したら、来月には大阪のなんばにも巡回し、そちらでも大丈夫との事でしたので、あっさりと予定を変更しました。

そして出かけた先は、やはり招待券を頂いた『天理参考館』です。
こちらでただ今開かれている特別展は『シャルジャ、砂漠と海の文明交流-アラビアの歴史遺産と文化-』です。
考古遺物のみではなく、現代生活に関する展示もありまして、これが結構面白かったです。
あちらのガラス製の珈琲セットとか、やたらにゴージャスなアクセサリーとか欲しいわ(*^。^*)

そして帰ろうと思った頃、エントランスでベリーダンスの公演まで行われていました。
大阪で教室を開いている先生と生徒さんが踊って下さいました。
ダンスも衣装も綺麗ですね~(^。^)


そしてその後は、すぐ近所の『石上神宮』へお参りに行って来ました。
ニワトリが今日も絶好調に時を告げておりました?

藤田美術館所蔵 快慶作 地蔵菩薩立像 本日、明日香村では現地説明会で賑わっていたようですが、私は朝から大阪に行っておりました。
どちらも明日までの特別展を見に、
大阪府立弥生文化博物館』と『藤田美術館』に行って来ました。

弥生博の方は『邪馬台国 九州と近畿』という特別展ですが、(゜.゜)、私はやっぱり邪馬台国に興味がないのと、弥生時代に不勉強なのと、九州の遺跡にほぼ無知が重なりまして、何となく全体的に印象に残らない展示でしたわ(+_+)

その後に『藤田美術館』に行って来ましたが、こちらは『季節を愉しむⅠ 秋~新春の美術』というタイトルなのですが、展示品の七割方が茶道具でして……こっちにも、私は大変暗い有様でして(/_;)

実を申しますとこの美術館の特別展で見たかったのは、上の画像の地蔵菩薩立像で、他は何が出ているかも頓着せずに出かけてしまいました……σ(^◇^;)

東大寺所蔵 快慶作 地蔵菩薩立像藤田美術館のこの御像は今年の春に重要文化財に指定されたばかりで、元々は興福寺が所蔵していた物のようです。
右足のほぞに『巧匠 法眼快慶』と墨書があるそうで、これで作者と制作時期が分かります。
快慶が法眼の位をもらったのは1210年以降だそうで、この年から没年の1227年の間に制作された事になるそうです。
御像の高さはなんと、60cmほどしかないのですが、彩色は鮮やかに残り、切金もとても精密で見惚れてしまいます(*^。^*)

同じ快慶の地蔵菩薩立像といいますと、こちらの画像、東大寺公慶堂所蔵(奈良国立博物館寄託)の御像が有名ですが、こちらは法橋時代の作品だそうで、藤田美術館の御像よりも少し早い時期に作られた事になります。
こちらは高さ90cm、光背や錫杖は失われていますが、衣もポーズも本当に良く似ていますが、表情はこちらの方がやや男性的かな?

それにしても慶派の御像は美形が多いんですわよね~( ̄▽ ̄)。o0○

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